元メジャーリーガーのマック鈴木氏が8日、故郷の神戸でラジオ番組『としちゃん・大貴のええやんカー!やってみよう!!』(ラジオ関西)に出演。メジャーリーガーになるまでの波乱万丈な道のりについて、そのエピソードを明かした。

マック鈴木氏(写真:ラジオ関西)

 マック鈴木氏は、村上雅則、野茂英雄に次ぐ3人目の日本人メジャーリーガーで、日本プロ野球界を経由せずにメジャーリーガーとなった草分け的存在。そんな異例の経歴を持つマック鈴木氏が、メジャーリーガーになるまでの道のりは決して平坦なものではなかったという。

 高校野球の名門・滝川第二高等学校(兵庫県神戸市)に入学したマック鈴木氏は、16歳の年末に地元で他校生と争って警察沙汰を起こし、高校を自主退学することに。「この時点で、もうプロ野球の世界をあきらめるしかないと思っていた」。それでも退学後の両親の姿を見て「僕が(野球への)情熱や目標を失うということは、同時に両親の目標も失うことだと気付いて、大変なことをしてしまったなと感じました」と当時の思いを語った。

 そんなとき、父から「人として成長するために」とアメリカ行きを提案され、渡米。団野村氏が経営する、1Aのサリナス・スパーズに球団職員として就職し、洗濯係を担当するなど、裏方として働いていた。ところが、チームがそのシーズン142試合中100敗しているのを見たときに「俺が投げた方がいいんじゃないか」という考えがよぎる。

 その後、チームに混ざってバッティングピッチャーやブルペンピッチャーをするようになり、ある試合中に「2番手として投げさせるから用意してくれ」と言われ登板。当時はまだ高校2年生だったが約152キロの球を投げ、その実力を証明した。こうして再び野球の世界へ足を踏み入れたマック鈴木氏は、1996年にメジャーリーグデビュー。MLBでは6シーズンで16勝、帰国後の2002年ドラフト2巡目で指名されたプロ野球のオリックスでは2シーズンで5勝を記録。2005年以降はアメリカのマイナーリーグやメキシコ、台湾、関西独立リーグでプレーした。

放送のようす

 紆余曲折の現役時代を経たマック鈴木氏は、現在、野球解説者として活動しつつ、子どもたちに野球と英語をミックスさせた指導を行っている。「僕自身、渡米してから英語を身につけたので、世界で戦うためには英語も必要だということを伝えたい」。

 現在、日本人メジャーリーガーといえば大谷翔平選手(ロサンゼルス・エンジェルス)の名が一番に出てくるもの。「今年こんなに活躍するとは思わなくて、来年どうなっちゃうんでしょうね?」と、投打の二刀流で今シーズン大活躍した後輩の姿に、マック鈴木氏も驚きを隠せない様子だ。さらに「大谷選手のおかげで、エンゼルスファンの子どもがすごく多い。これを機に、他の球団も覚えてもらえたらうれしいですね」と、野球の本場・アメリカで輝いた先駆者は、子どもたちにメジャーリーグをもっと知って欲しいという思いも述べていた。

写真左から、フリーアナウンサーの田中大貴、マック鈴木氏、林歳彦氏(会社経営者・環境活動家) ※撮影時にマスクを外して対応 (写真:ラジオ関西)