JR福知山線脱線事故の発生から17年を迎えた25日、遺族・負傷者それぞれが、これまでを振り返り、今後どう歩むかを考える日となった。

JR伊丹駅前「カリヨンの鐘」前で、事故現場の方向へ追悼の祈りをささげる<2022年4月25日・兵庫県伊丹市>
「カリヨンの鐘」伊丹市の国際姉妹都市、ベルギー・ハッセルト市から1990(平成2)年に寄贈 一般公募で「フランドルの鐘」という愛称が付いた

 脱線した列車の最後の停車駅となったJR伊丹駅前(兵庫県伊丹市)の「カリヨンの鐘」が、この日3年ぶりに鳴らされ、負傷者らが事故発生時刻の9時18分に黙とうを捧げた。そして関西を中心に活躍するストリートピアニスト、スミ・ワタルさんが近くのホールで追悼と癒しのコンサートを開いた。伊丹市では、市民18人が犠牲となった。

スミワタルさん ストリート・ピアニストとして各地で活動
「赤いスイートピー」「栄光の架け橋」「銀河鉄道999」など10曲が奏でられた(兵庫県伊丹市・アイホール)

 コンサートは、事故車両の3両目で大けがをした伊丹市在住の増田和代さんが3月に依頼して実現し、人間としての優しさと助け合い、そして公共交通機関の安全への思いが込められている。
 増田さんは母とともに、当時開催されていた「愛・地球博(愛知万博)」へ向かうために快速電車に乗車。事故で腰の骨を折るなど重傷を負った。その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、過呼吸やパニック障害にも苦しんだ。睡眠薬や抗うつ剤が手放せない生活が続いた。

スミワタルさん「幼ごころに事故のことは覚えている」今回の縁で、より身近な出来事としてとらえるように
増田和代さん「鉄道の安全はまだまだ」何を語り継ぐべきか問い続ける

 17年経っても癒えない心と体の傷。突然恐怖感が襲う「フラッシュバック」と、収まることがない痛みと向き合う中、いつも、「生かされた命に感謝して事故で亡くなった乗客・乗員107人に『安心・安全な社会になったよ』と胸を張れるような社会にしたい」と訴える。

 スミさん自身も、この事故のことは覚えていた。しかし、増田さんからの働きかけがなければ「ひとつの出来事」としてしかとらえてなかったと話す。

 コンサートが終わり、集まった有志らが近くの猪名川河川敷で、それぞれのメッセージが書き込んだ色とりどりの風船を放ち、追悼の思いを青空に捧げた。

 増田さんは「4月25日は、いつも『あの日(事故発生日)』と同じ、青空が広がっている。犠牲になった方々が見守っ てくれているに違いない。乗客・乗員107人の方々が犠牲になり、JR西日本も安全ということを真剣に考えるようになったのだと思う。今、生きている私たちは押し付けではなく、この日に事故があったということを語り継ぐことが大切」と話した。

「いつまでも見守っていてね」有志がそれぞれにメッセージを書いた
「あの日と同じ、青い空いっぱい」増田さんは毎年4月25日、祈りを捧げる