鉄鋼大手・神戸製鋼所(本社・神戸市中央区)が敷地内で増設した石炭火力発電所について、住民ら37人が稼働中止を求めた民事訴訟で、神戸地裁は20日、原告の訴えを棄却した。原告らは控訴する意向を示した。

 原告らは「石炭火力発電所の稼働による温室効果ガス=CO2(二酸化炭素)の大量排出は、地球温暖化の温床である」などと訴えていた。
 神戸地裁は、一般論として石炭火力発電所が排出するCO2が、気候変動に悪影響を与えるなどの危険性は認めたものの、「地球温暖化の被害による原告らの不安は、不確定な将来の危険に対する不安であり、現時点で法的保護の対象となるべき深刻な不安につながる危険性はない」と指摘、住民の生命、身体に具体的な危険は認められないとした。

 神戸製鋼は、神戸市灘区灘浜の神戸線条工場(旧・神戸製鉄所)の敷地内にある高炉跡地に、関西電力に供給する石炭火力2基(計130万キロワット)を増設。訴訟の対象となっている「3号機」は2022年2月に稼働。残る「4号機」も2023年2月から稼働している。既存の1,2号機と合わせると、日本最大級の出力規模とされる。
 2014年、関西電力は電力の調達先の入札募集を行い、神戸製鋼は「3、4号機」の増設計画を打ち出して、2015年に関電と電力受給契約を締結した。

 その一方で、神戸製鋼は2050年の「カーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ)」を経営の最重要課題に掲げている。
 原告らは2018年9月に提訴。主に▼神戸製鋼所や、その子会社(コベルコパワー神戸第二)に対して建設や稼働の差し止め▼電力の販売先・関西電力に対しては発電指示の差し止めを求めている。なお、訴訟中に稼働したため、▼発電量を、遅くとも2040年までに段階的に減らす▼稼働や発電量の指示を、一定の割合以下に抑える という追加請求も行った。

 判決で神戸地裁は、経済産業相が確定通知を出した環境影響評価(アセスメント)では稼働によるNOx(窒素化合物)などの排出量は増加するが、健康への影響が懸念されるPM2.5(微小粒子状物質)などが住民へ与える具体的危険は認められないと指摘。神戸製鋼側の取り組みによって、排出量の低減が見込まれるとした。

 原告らは、世界では気候変動危機に対応するため、温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーの普及促進など、「脱炭素」の動きが加速しているが、日本では大気汚染物質とCO2の排出が多い石炭火力発電所の建設が、神戸のみならず全国で進められており、このまま温暖化が進んだ場合、さらなる被害が起こり得ることを懸念している。
 20日の判決を受け、池田直樹・原告弁護団長は「日本での気候変動、温暖化に対する危機の切迫感が裁判所には伝わらなかった」と、判決の問題点を指摘した。
 また弁護団の和田重太弁護士は「司法の役割として、個人に被害が発生しそうな状態ならば、その原因を止めなければならない。地球温暖化対策を政策的観点から国会対応にのみ委ねるのではなく、国会と並行して関わるべき問題だ」と述べた。

 日本のCO2排出量は世界で第5位とされる。原告弁護団は、石炭を燃焼して排出されるCO2(二酸化炭素)について、新設発電所から年間約692万トンと算出。日本で排出されている二酸化炭素の約4割が火力発電所から出され、特に石炭火力は天然ガスの2倍ものCO2を排出すると指摘している。
 神戸製鋼が増設した石炭火力発電所は、明らかにCO2の大量排出源であり、神戸市灘区の住宅地から約400メートルしか離れておらず、環境汚染物質の放出量が増え、健康被害により平穏に生活する権利が侵害されると主張していた。

 これに対して神戸製鋼側は、「自社でのCO2削減対策に取り組み、電力の販売先である関西電力もCO2対策に取り組むので全体として排出量は増加しない」と反論していた。
 そして、「地球温暖化は地球全体の問題であり、CO2は石炭火力発電所以外に、個人の日常生活で排出される。神戸製鋼の発電所からの排出と、原告らへの影響との因果関係はない。原告(住民)の主張を前提とすれば、誰に対してもCO2排出の差し止めを請求することができる」との考えを変えることなく、原告らに稼働中止を求める資格はないとしていた。

 原告弁護団はこの考え方について、「皆がこうむる被害は誰の被害でもないという抗弁」と反論している。皆の問題だから、個人の問題ではないという考え方について、「大海の一滴」のように扱われるのは、責任の所在をあいまいにするとして、ヨーロッパの複数の裁判所でこうした考えを排斥した例を挙げている。
 なかでも、オランダ・ハーグ地方裁判所が2021年、温室効果ガス排出させた結果、気候変動を悪化させた事業者の責任を認めた例を引き合いに、CO2の大量排出は、徐々に環境を悪化させるもので、気候変動のさらなる悪化をもたらし、住民の生命・健康を危険に陥れる「公害」であるとの認識が求められ、人権侵害であると主張していた。

 原告代表・廣岡豊さんは「『我が亡き後に洪水よ来たれ』という言葉を思い出した。この一言に尽きる。将来ある子どもたちのためにも、CO2の大量排出につながる発電所の稼働停止を決断してほしかった。このままだと1970年代の大気汚染時代に逆戻りするのではないか。あきらめず、今後も戦い続ける」と話し、控訴審に向けて意欲を示した。

 日本は、温暖化対策を進めるために世界の平均気温を抑える努力を追求する「パリ協定」を2016年に批准、2020年12月、菅義偉首相(当時)も「温室効果ガスを2050年までに実質ゼロにする」と宣言している。
 パリ協定は「世界の平均気温上昇を、18世紀後半から19世紀にかけて起きた産業革命以前(人為的な温暖化が起きる前)に比べて2度より十分低く保ち、努力目標として1.5度以下にする」全世界共通の国際的な取り組み。

 神戸製鋼の石炭火力発電所増設をめぐっては、環境影響評価(環境アセスメント)を適正とした経済産業大臣の確定通知は違法として、周辺住民らが国を相手に通知の取り消しを求めた行政訴訟も起こしたが、最高裁は10日、上告を棄却し、原告敗訴の二審・大阪高裁判決が確定した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

判決を受け、神戸製鋼所は「この訴訟では、原告らの請求の適法性を争うとともに、新発電所の設置計画について環境影響評価手続き(アセスメント)が適正に実行され、関係諸法令への適合が確認されていることなどを主張し、請求の棄却を求めてきた。なお、この判決に伴う業績への影響はなく原告らが本件判決に対し控訴した場合には、引き続き適切に対応する」とコメントした。