50代以降は「2人に1人はがんになる」と言われる昨今、自身の末期がん闘病生活をリアルタイムで配信する患者が増えている。余命宣告を受け、命の綱渡りを続けながら表現活動をする人々のモチベーションや本音に迫った。

◆「あなたと話すと元気に」看護師の言葉がきっかけ
 登録者数4.7万人と、がんサバイバーの中でも人気を誇るミミポポさんは約10年前、26歳の時に乳がんを発症した。

 しかし当時はステージ0で、西洋医学への不信感もあったことから、東洋医学などの自由診療を選択。2年後にはいったん腫瘍が収縮したが、さらにその約2年後には腫瘍が胸から飛び出す「花咲乳がん」へと悪化。

’19年には肺、肝臓、皮下組織、全身骨転移となり、化学療法すらできない体に。その時に受けたのは、余命2か月の宣告だった。

 寝たきりになって迎えた’19年。誰がどう見ても末期状態だったが、なぜか「死ぬ気がしない」と感じ、担当の訪問看護師と未来を見据えた会話をしていた。するとその看護師が「あなたと話していると元気をもらえるから、何か発信してみたら?」と背中を押してくれたのが始まりだった。

「私はそれまで、病気が治ったらブログを始めようと考えていたのですが、実際に動画配信を始めてみて、今の私にもできることがあるのだ、と実感しました。『ミミポポさんに励まされた、ありがとう』と言われるたびに、私こそありがとうと思っています」

◆自分の闘病経験が誰かの希望になっていると感じられた

 分子標的薬とホルモン治療の併用が奏功し、’20年には目に見えるがんが消滅。’21年には穴だらけだった骨も徐々に回復し、何と普通に歩けるようになった。

「それまでは本当に痛みとの闘いで、死にたいという言葉が出てきてしまいそうな時期もありました。でも、こんな私の闘病経験が、誰かの希望になっていることを、発信を通して感じられた。ギブだけじゃなく、励ましや勇気など、予想外のテイクがある。だから続けていけるんです」

 最近の検査では肝臓転移の残存が判明し、薬を替えることになったが、それでもめげないミミポポさん。「私の日常は奇跡の連続。これからも完治を目指します」と話す。

◆39歳の時に大腸がんステージ3bと診断
 がんとの付き合いは今年で8年というニーナヒデヒコさんは、働き盛りの39歳の時に大腸がんステージ3bと診断され、手術を受けた。

「がんを切除したからこれで終わり」と気楽に考えていたが、その2年後に膵臓、小腸、十二指腸に転移。そこで初めて「命を取られてしまう。あとどのくらい生きられるのだろう」と恐怖を感じるも、2か月後にはさらに肝臓に転移。翌年には腹膜、小脳にまで転移して、余命6か月と宣告を受けてしまった。

「正直、もう覚悟をして、自分の遺影や葬儀の参列者に向けた感謝の文などを準備したこともありました。そこで自分と同じ病気でも元気になった人のブログを手当たり次第読み始めて、力をもらえたんです。ならば今度は自分が発信する側になって恩返しをしていこうと思ったのです」

◆がん保険の大切さと不屈の姿を伝えたい
 ニーナさんはその間、「何がなんでも生きてやろう」と自分と相性のよい治療法を探し続け、現在の免疫療法に出合ってからみるみる回復。

「腹膜と肝臓以外のがんは死滅したようです。しかしこの免疫療法、当初は自由診療で1回の費用は約100万円。それを3週間毎ですから大変でした」

 多額の治療費を捻出できたのは、ニーナさんの前職が保険の営業マンで、自身も保険に加入していたからだった。

「自分と相性のよい治療法をとことん探してほしい。でもお金がなければ、それを見つけても受けられません。だから僕は、配信を通じて保険の大切さも伝えていきたいです」

 実際、ニーナさんのチャンネルには、保険についてのコンテンツもあり、保険会社から講演依頼もあるという。

「もちろん一番大事なのは、自分はがんで死なないという気持ちを伝えること。がんになっても諦めないでほしいし、楽しく生きるべきだと思う」

 明日の病がどうなるかは、誰にもわからない。だが、配信は末期がん患者自身と視聴者の間に、勇気と力の循環を生み出しているようだ。

【ミミポポさん(37歳)】
26歳で乳がん発症。34歳の2019年、全身骨転移、肺転移した状態で余命2か月の宣告を受ける。YouTubeチャンネル「ミミポポCH【34歳で余命宣告された私】」

【ニーナヒデヒコさん(47歳)】
’14年の大腸がんを発端に転移・再発を繰り返し現在まで7つのがんを併発。YouTubeチャンネル「7つのがんを持つ男ニーナヒデヒコの共病生活」

<取材・文/タカ大丸 モトタキ 和場まさみ 撮影/アセティア>