【カレー沢薫の「ひきこもりグルメ紀行」Vol.10 浜松「すっぽんパイ」】

 みなさん「すっぽんパイ」をご存知だろうか。

「うなぎパイ」の類似品のように聞こえるかもしれないが、発売したのは他でもない元祖うなぎパイの春華堂である。

「すっぽんパイ」は春華堂がこの春打ち出した新商品だ。

 うなぎが当たったから次はすっぽん、という思いつきで作られたようにも見えるが、うなぎパイはすでに誕生から57年(初老だ)であり、思いついたにしては遅すぎる。

◆消えた&ほぼ消えた“すっぽん菓子”の47年

 そう、「すっぽんパイ」は今思いついて出来たのではない、ずっと前から思いついていたのだ。

「次はすっぽんや」と思いついたのは二代目社長だ。そして1970年すっぽんのお菓子「かちもき焼」が誕生した。

 みなさん「かちもき焼」を知っているか。おそらく知らないだろう。

 消えているからだ。

 なぜ消えたかというと、多くの消えた商品がそうであったように、売れなかったからだ。売れなかった、と言っても「うなぎパイほど売れなかった」という話だ。

 どの業界でも一発ヒットを出したが、次が続かないというのは良くある。むしろ一発当ててしまったからこそ、次がそれと比べられてパッとしないということもある。

 漫画界で言えば、高橋留美子御大のように、出すもの全て売れる天才もいるが、一方で……これは実例を出すと角が立つので控えるが、それでも一発当てただけでも大したものであり、私のように一発も当てず死ぬ奴の方が大多数なのだ。

 よって春華堂も57年も続く銘菓うなぎパイを輩出した時点で、大金星なのだ。しかし春華堂は「二匹目」を諦めなかった。

 1983年、すっぽん菓子第二弾「すっぽんの郷」がリリースされた。しかし、これもふるわなかったようで、今では単品販売はなく「お菓子のフルタイム」セットの中の一つとして残るのみだ。

 結果として二回も成果が出せなかったのだ。

 おそらく多くの人間がこう思うだろう「すっぽんはダメなのでは」と。

◆まだやるか。第三弾「すっぽんパイ」が誕生

 漫画だって野球漫画で二回コケれば、次はバブルサッカーとか方向転換をはかるだろう。しかし春華堂はすっぽんを諦めなかった。

 ちなみに私は、猫の漫画をたくさん描いているのだが、どれも売れてない。だからと言って他の動物にしようとは思わないし、これからも猫を書くだろう。これは猫が好きというのもあるが「他に思いつかない」からだ。

 よって春華堂も「すっぽん以外何も思いつかねえ……」という状態なのかもしれないが、2017年、二代目社長の御霊に報いるべく、すっぽん菓子第三弾「すっぽんパイ」が誕生した。

 かちもき焼から47年、もはや執念である。しかもかけているのは年月だけではない。

<2015年に制定された「うなぎパイ職人師範制度」の初代師範 野末三知夫と、若きパティシエ2名が互いの知恵と手わざを出し合い、試行錯誤の末に完成。春華堂創業130年となる2017年、先代の想いを繋ぐにふさわしいお菓子として、新しく生まれ変わった朝のお菓子「すっぽんパイ」が登場しました!>(公式HPより)

「うなぎパイ職人師範制度」。やはり57年もやっていると色々起こるようだ。

 ちなみに、聞いた話だが、現在うなぎパイ職人は全員男性で、商品への異物混入を防ぐため、自主的に体毛を剃っている人もいるのだという。

 半端ではない商品へのこだわりだ。もちろん、他社類似品も品質管理はちゃんとしているだろう。しかし「おっさんの体毛混入の可能性を1%でも減らしたい」という場合は、やはり春華堂のうなぎパイを買うべきなのである。

◆すっぽんパイは、どこが「朝のお菓子」なのか?

 このように、生まれるまでのエピソードが特濃すぎるのだが、すっぽんパイは食欲のない朝でもサクッと食べられる「朝のお菓子」と銘打ってある通り、うなぎパイに比べるとあっさりした味わいだ。

 パイというより、クラッカーに近い食感で、すっぽん他、桜えびや鰹節を使用しているからか、ほのかに魚介の風味がするが、クセはなく、確かに朝食べやすい。

 それに朝というのは元気がないものだ。

 少なくとも、一週間中五日は元気がない。会社を辞めれば七日全部元気になるが、そうもいかない。

 よって、朝はウソでも良いから、会社に行く気力が出る物を摂取したいのだ。かと言って朝から、すっぽんの生き血をすするのは難しい。むしろすっぽんをさばいた時点でかなり消耗してしまっているだろう。

 しかし、すっぽんエキスみたいなサプリを飲むだけでは味気ない。

 その点、すっぽんパイはすっぽんエキス配合の上に、美味い。美味いので寝る前に一箱全部食ってしまった。おかげで元気に寝れたと思う。

 私は売れたことがないのでわからないが、一発何かを当てたら「もうそれでいいや」となってしまう気がするし、その財産で食っていくというのも全然ありだ。

 しかし、春華堂は半世紀たった今でも「越えるもの」を諦めていないのである。

 そんな、老舗の根性と執念を一度食べてみてはどうだろうか。

<文・イラスト/カレー沢薫>

【カレー沢薫(かれーざわ・かおる)】
1982年生まれ。OL兼漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』で漫画家デビュー。自身2作目となる『アンモラル・カスタマイズZ』は、第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。主な漫画作品に、『ヤリへん』『やわらかい。課長 起田総司』『ねこもくわない』『ナゾ野菜』、コラム集に『負ける技術』『もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃』『ブスの本懐』などがある