F1を代表するグランプリといえば、やはりモナコGPだろう。F1ではまずあり得ない狭い道、しかも街中を疾走するマシン……その街並みも、そして多数の高級ヨットが係留される港も美しい……そんな中を、最先端テクノロジーにより生み出されたマシンが超高速ですっ飛んでいく。公道でのレースは他にもあるが、これほどエキサイティングかつ優雅なグランプリはないだろう。

 そんなモナコGPでは、多数の名レースが繰り広げられてきた。大雨の中、アイルトン・セナが初優勝まであと一歩と迫った1984年、オリビエ・パニスが超番狂わせ勝利を手にした1996年……挙げればきりがない。

 そんな中でも、みなさんの印象に残っている1戦……1992年のモナコGPではないだろうか?

 同年圧倒的な強さを誇った、ナイジェル・マンセルとウイリアムズFW14B・ルノー。その強さは手が付けられないほどで、開幕から5連勝。そしてモナコでも、優勝まであと一歩まで迫っていたが……レース終盤にホイールの問題が発生して緊急ピットイン。これでセナ(マクラーレン・ホンダ)に先行されてしまう。

 ただフレッシュタイヤを履いたマンセルのウイリアムズの速さは圧倒的で、すぐにセナの真後ろに迫り、マシンを右に左にと振ってプレッシャーをかける。しかしセナは必死の防戦……マンセルをもってしても抜けず、セナがこの年初勝利を手にしたのだ。その激戦のバトルに、史上最高の1戦と評価する声もある。

 この時セナがドライブしていたのが、マクラーレンMP4/7A・ホンダである。

 マクラーレンとしては初めてのメス型整形のモノコックを採用。フロア下に気流を送り込むため、若干ハイノーズ化された。またウイリアムズ同様、ハイテクデバイスも数々導入されている。セミオートマチック・トランスミッションを標準採用。そして、ホンダのV12エンジンRA122E/Bは、フライ・バイ・ワイヤーにより制御された。

 初登場したのは第3戦ブラジルGP。前モデルのMP4/6Bと合わせて総勢6台が持ち込まれたが、熟成不足は否めず、ウイリアムズはおろかベネトンやフェラーリにもオーバーテイクされてしまった。しかし徐々に戦闘力が向上。ウイリアムズにトラブルがあったとはいえ、前述の通りモナコでシーズンを初優勝を手にするまでになった。

 続くカナダGPではセナがポールポジションを獲得するがリタイア。しかしチームメイトのゲルハルト・ベルガーが優勝し、チームとしては連勝を果たしている。その後、セナはハンガリーとイタリアで優勝。ベルガーも最終戦オーストラリアで勝った。ただ、ウイリアムズ+マンセルの強さが緩むことはなく、マンセルが自身初のタイトル獲得を、第11戦ハンガリーGPの際に早くも決めてしまう。

 イタリアGPの際には、ホンダがこの年限りでのF1撤退を発表。第2期F1挑戦、そして1988年から続いてきたマクラーレンとの黄金期が、終わりを迎えることになった。

 マクラーレン・ホンダのマシンの中では、唯一タイトルを獲得できなかったMP4/7A。しかし、モナコGPでの激闘など、セナが意地を見せ、輝きを放った1台として、今も人気のあるマシンである。