サラブレッドを用いた競馬が「王様のスポーツ」であるように、F1がもつ権威やステータスはさ幸いにも世界の億万長者達を魅了している。F1チームオーナーやドライバー、プロモーターやスポンサーなど、彼らの財布の中を覗いてみよう。

 まず始めに、レッドブルF1の今シーズンのマシン『RB16B』のリアウイングに貼られた「クラロ」のロゴを思い浮かべてほしい。フォーブス誌が毎年発表する世界上位2000社のランキング『フォーブス・グローバル2000』に名を連ね、約20万人の従業員を擁する通信会社「アメリカ・モビル」の南米部門であるクラロ。メキシコシティに本社を置き、売上高は500億ドルを超えていると言われている。フォーブス誌によると、会長のカルロス・スリム・ヘルの現在の純資産は628億ドルで、本稿執筆時点では世界第16位の富豪である。

■F1で最も裕福なチームオーナーは誰だ?

 ディートリッヒ・マテシッツは、レッドブルF1やアルファタウリを所有する「レッドブル」の共同創立者兼、株式の49%を保有するオーナーであり、マネージング・ディレクターでもある。長者番付56位にランクインする76歳のマテシッツの純資産は269億ドルとも言われ、過去にジャガー(現レッドブルF1)とミナルディ(現アルファタウリ)と2つのF1チームを購入するほどF1を愛してやまない。

 タイで歯磨き粉の商売をしていた彼は、時差ボケ解消に役立つグラティン・デーン(Krating Daeng)という飲み物にタイで出会う。考案者であるチャリアオ・ユーウィッタヤーとのコラボを通じ1987年に「レッドブル」という名で発売された“西洋版”の製品は、利益率の高いエナジードリンク市場において、瞬く間に世界のマーケットリーダーとなった。

 レッドブルとモータースポーツとの繋がりは、マテシッツと同胞であるゲルハルト・ベルガーのスポンサーになった時から始まった。後にザウバーF1チームの60%の株式を所有することになるが、レッドブル・ジュニアチームから国際F3000を戦ったブラジル人ドライバー、エンリケ・ベルノルディよりも経験の浅いキミ・ライコネンを2000年シーズンのドライバーに選んだチームオーナーのピーター・ザウバーと対立し、タイトルスポンサーから下りることとなった。

 2004年11月、マテシッツはフォードからジャガー・レーシング・F1チームを1ポンド(当時約191円)で買収し、翌年にはベルガーとともに、ポール・ストッダートからミナルディ・チームを買収し、スクーデリア・トロ・ロッソと改称した。

 チーム代表のクリスチャン・ホーナー率いるレッドブル・レーシングは、セバスチャン・ベッテルを擁してF1世界選手権を4度制覇。レッドブルのF1ジュニアチームであるスクーデリア・トロ・ロッソは、2008年に雨のイタリアGPでベッテルと共に初勝利を遂げ、2020年にはレッドブルのファッションブランドをアピールするためにアルファタウリと名を改めた。

 マテシッツは、F1オーストリアGPの開催地であるオーストリア・シュピールベルクのサーキット「レッドブル・リンク」も所有している。2012年にユーウィッタヤーが亡くなった後、彼の息子でありパドックでは知らない人はいないシャレルムが、現在レッドブル社の51%の株式を保有している。形式上彼がF1で最も裕福なチームオーナーではあるが、チームオーナーの名義はマテシッツである。

■F1で最もリッチなドライバーは誰?

 F1の現役ドライバーで最も裕福なのは、ルイス・ハミルトン。7度のワールドチャンピオンに輝いた彼の年俸は約5500万ドル、純資産は3〜5億ドルと言われている。メルセデス、トミー・ヒルフィガー、モンスター・エナジー、ボーズ、プーマ、IWC、ソニー、グランツーリスモ、MVアグスタなどとのコマーシャル契約による収入が、ハミルトンの資産総額を押し上げたと思われる。

 ハミルトンとワールドチャンピオン獲得数で肩を並べるミハエル・シューマッハは、6億〜8億ドルの資産を持つと言われている。フォーブス誌では1999年と2000年の2回に渡り「その年最も稼いだアスリート」として紹介され、フェラーリでの年俸は最大8000万ドルに達していたと言われている。

■F1で最もリッチなレースプロモーターは誰か?

 シンガポールの不動産・ホテル王であるオン・ベン・センはシンガポールへのF1誘致に尽力したし、アメリカ・オースティンのサーキット・オブ・ジ・アメリカズへ投資を行なうジョン・ポール・デジョリアのように、F1に関わる富裕層は大勢いる。数十億ドルの資産をもつデジョリアは、「ポール・ミッチェル」のヘアプロダクトの共同設立者として知られ、F1カレンダーの中で最も有名なレースを開催しているモナコ公国のアルベール大公も億万長者と言われている。

 また、バーレーンやアブダビでは、実質的に各王国の王室によってGPレースが運営されている。バーレーン王室の個人資産総額は40億ドルを超えると言われ、同王室のサルマン皇太子はホームGPを始めF1全体を熱烈にサポートしている。彼は、資産価値170億ドルとも言われる政府系ファンド「マムタラカト」を通じマクラーレン・グループにも出資している。

 一方、アブダビ首長国連邦の大統領シェイク・ハリファは、国家元首としては最大となる8750億ドルもの資産額を誇る投資機関を管理し、彼を含め家族の財産は1500億ドルとも推定されている。

 F1のカレンダーに新たに加わったマイアミGPは、F1にさらなる富をもたらすだろう。開催の中心となるハードロック・スタジアムとそこを本拠地とするNFLチーム「マイアミ・ドルフィンズ」のオーナー、スティーブン・M・ロスの個人資産は75億ドルを超えている。会長にロスを据える不動産開発会社の「RSEベンチャーズ」は、リバティ・メディアによるF1買収完了前にF1の買収を検討した過去を持ち、マイアミの地元住民による反対や新型コロナウイルスの感染拡大により実現には時間を要したが、F1を誘致する契約を結ぶことに成功した。

 F1マイアミGPは2022年から10年に渡り、開催されることになっている。当初の計画ではマイアミのダウンタウンでレースを行なう予定だったが、マイアミ・ガーデンズにあるハードロック・スタジアム周辺に開催地が変更。ロスはその駐車場に4000万ドルをかけて特設コースを建設する準備を進めている。

■F1のオーナーはどのくらいお金持ち?

 リバティ・メディアは、2017年に投資ファンド「CVCキャピタル・パートナーズ」からF1グループを46億ドルで買収。同社は、アメリカ合衆国最大の個人土地所有者といわれるジョン・C・マローン氏によって経営され、フォーブス誌によると彼の純資産は78億ドルと言われている。

 リバティ・メディア社は最近、同社のCEOグレッグ・マフェイの報酬を、2020年に4400万ドルから4710万ドルに増額したことを、米国証券取引委員会への規制当局への提出書類で明らかにした。主に株式報酬とオプションによるもので、彼は基本給として87万1800ドルを受け取っている。

 また、F1の前最高経営責任者であるバーニー・エクレストンの資産は30億ドルを超えると言われており、彼は2020年までF1の名誉会長を務めていた。

■F1で最も裕福な "レーシングファーザー "とは?

 アストンマーチンF1のドライバーであるランス・ストロールは、フォーブス誌曰く32億ドルの純資産を持つローレンス・ストロールを父親にもつ。2020年初頭、ローレンス・ストロールは2億3500万ドルを投じて自動車会社「アストンマーチン」を買収し、2018年夏に1億ドル以上をかけて購入した自身のF1チーム(旧レーシングポイント)の名称を変更した。

 ローレンス・ストロールは、ファッションブランド「マイケル・コース」の2011年の新規株公開の立案者であり、2014年に最後の株式を売却している。それ以前にも、アパレルブランドのピエール・カルダンやラルフ・ローレンをカナダに導入し、香港の投資家サイラス・チョウと共にトミー・ヒルフィガーに投資を行い、同様にマイケル・コースのブランド開発を行った。ストロールは有名なフェラーリコレクターとしても知られ、2013年には275GTB/4スパイダーを2750万ドルという記録的な価格で購入したことで話題を呼んだ。

 ハースのF1ドライバーであるニキータ・マゼピンの父ドミトリーは、総合化学会社「ウラルケム」の大株主であり、取締役会の会長を務めている。2013年には世界最大のカリ生産会社である「ウラルカリ」(現在ハースの大型スポンサーを務めている)を50億ドルで買収し、2014年と2015年にフォーブス誌の億万長者リストに入っている。彼は石油化学会社の「TNK」と「シブール」に勤務した後、2004年に自分の会社を設立(現在はウラルケムに統合)している。

 ドミトリー・マゼピンは、2018年に旧フォースインディアF1チーム(現アストンマーチンF1)の買収に乗り出したが、ローレンス・ストロールに敗れている。

 ウィリアムズのニコラス・ラティフィの父、マイケルはカナダの食品加工会社「ソフィナ・フーズ」のオーナーであり、会長兼CEOを務めている。2018年には彼が同じく所有する投資会社を通じて、マクラーレン・グループに2億ドルを投入した。

 マイケル・ラティフィは、イラン革命により1979年に政権が倒れた後難民となり、15歳の時に母国イランからカナダに渡った経歴を持つ。経営学と工学を背景に1995年に「ビエンナ・ミート・プロダクツ」という食品加工会社を立ち上げ、売上高20億を誇るソフィーナ・フーズへと成長させた。

 フェラーリへの熱い情熱を持つ彼は、ミハエル・シューマッハとキミ・ライコネンのチャンピオンマシンであるF2004とF2007を購入し、運転している。

■F1には更に“新しいお金”が入ってくる?

 2022シーズンから導入される新ルールと予算制限が各チームに設けられ、F1は競争力の観点からようやくコストを維持できるようになった。しかし、超富裕層の参画や収益向上を止めることには繋がらない。

 数十億ドルもの資産を持つスポーツフランチャイズオーナーが介在するアメリカで2つ目のGPを開催することは、リバティメディアが開催数を増やすF1の注目度を高めることに寄与するだろう。また、ネットフリックスのドキュメンタリーシリーズ「栄光のグランプリ(Drive to Survive)」の影響や、サーキットで成功を収めたルイス・ハミルトンが積極的に社会活動を行なうなど、より広い層に注目されることでF1のさらなる成長が期待できる。

 米国の投資会社ドリルトン・キャピタルによるウィリアムズF1チームの1億8000万ドルによる買収は、最後の所有権譲渡や資金注入ではないかもしれない。大手デジタル企業の「コグニザント」がアストンマーチンのタイトルスポンサーに付いたり、ソフトウエア界の巨人「オラクル」がレッドブルに、「チームビューワー」がメルセデスのスポンサーに付いたりと、スポンサーシップもまたF1の財務状況を示す良いバロメーターになっている。

 マクラーレンのCEOザク・ブラウンが度々述べる様に、F1は「早く有名になる為の」場所であり、広告塔としてのF1がすぐに衰えることはない。