「スタートで、嫌な感じになっちゃったなあと(笑)」

 スーパーフォーミュラ第4戦オートポリスの決勝レースを終えてそう振り返ったのは、優勝したリアム・ローソン(TEAM MUGEN)を担当する小池智彦エンジニア。参戦4戦目で早くも2勝目を挙げて注目を集めるローソンのレース序盤は、決して優勢とは言えない状況だった。

 フロントロウの2番手からレースを迎えたローソンは、スタートでP.MU/CERUMO・INGINGの阪口晴南に交わされ3番手に落ちた。ポールポジションの坪井翔(P.MU/CERUMO・INGING)が快調にリードを広げていく中、2番手の阪口は坪井ほどのペースがなく離される状況で、ローソンもその阪口を抜きあぐねていた。

 そこでローソン陣営にとって考えられるのが、“アンダーカット”を狙うという戦略。ライバルよりも先にピットインしてフレッシュタイヤに交換。後方でプッシュすることでマージンを稼げれば、ライバルがピットインした際に逆転できる、という戦略だ。もちろん小池エンジニアの頭の中にも、タイヤ交換義務が消化可能となる10周目、いわゆるミニマム周回でいきなりピットに入るというのも選択肢に入っていた。

 しかし懸念材料がひとつ。“トラフィック”に引っかかってしまう恐れがあるということだ。早めにピットインして後方でコース復帰した場合、未だピットに入っていないペースの遅いマシンに追いついてしまうことが考えられる。しかもそれらのマシンは周回遅れではないので、譲ってもらうこともできない。オーバーテイクが容易でないとされるオートポリスで彼らに引っかかってしまっては、せっかくの好ペースも活かせない。そのためローソン陣営はミニマム周回でのピットを実行しなかった。

 しかしそんな中で、ミニマムでタイヤを交換した牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)がかなりのハイペースで周回していることに小池エンジニアは気付く。このままでは、ローソンが牧野にアンダーカットされてしまう……そのためローソン陣営は13周終了時にピットに入り、なんとか牧野の前でコースに復帰した。この判断が1周遅ければ、アンダーカットを許していてもおかしくなかった。

「今のSFの戦略は基本的に、10周目で入るか後半まで引っ張るかの2択しかありません。そんな中で、今回のリアムのように中途半端なところで入るのは本来よろしくないと思います」と小池エンジニアは振り返る。そして懸念していた通り、ローソンは程なくしてペースの遅いステイアウト組に遭遇することになる。

 しかし、ローソンはこのトラフィックにより多少のタイムロスは喫したものの、前を走るマシンを次々とオーバーテイクしていき、ものの数周で前が開けた“クリーンエア”の状況を作り出した。

「リアムが本当にすごいと思うのは、抜けないオートポリスでトラフィック……それも同一周回のライバルを抜いていってることもそうですが、抜き方が効率的というか、ラップタイムを落とさずに抜いてきました」

「確かに引っかかってはいましたが、その中でも坪井選手とのギャップをどんどん縮めていたので、そこは彼の力ですね」

 その結果、ローソンは25周目に坪井がピットインすると事実上のトップに浮上。セーフティカー出動の波乱も物ともせず、トップチェッカーを受けたのだった。

■TEAM MUGENの“ワンチーム”な協力関係

 チームメイトでポイントリーダーの野尻智紀が体調不良で欠場したことにより、選手権首位に返り咲いたローソン。坪井や宮田莉朋(VANTELIN TEAM TOM’S)らトヨタ陣営のライバルと共に、TEAM MUGENのチームメイト同士のタイトル争いも激化していきそうな予感だ。

 しかし、そんな状況になってもチームのアプローチは変わらないと小池エンジニアは語る。

「個人的には心境は変わりません。野尻さんと一瀬さん(一瀬俊浩エンジニア/野尻担当)とはスーパーGTでも一緒にやっていますし、SFでも元々一緒に(野尻陣営の一員として)やっていた仲間なので、ライバルとは思っていません」

「このチーム自体がギスギスせず、“ワンチーム”でやっているというところもあります。最終戦になると変わるかもしれないですけど(笑)、今のところアプローチは変わらないです」

 TEAM MUGENの“ワンチーム”な協力関係を物語るエピソードがある。今回ローソンは今季ベストとなる予選2番手を獲得したが、これは予選で速さを見せる野尻号(今回は大津弘樹がドライブ)からヒントを得たことが一因だという。

「(ローソンの)15号車はいつも予選があまりうまくいかないというか、1号車に対して常に負けていたので、今回は1号車風のセットアップをオプションに入れていました」

「走り出しはいつもの15号車のように予選一発のタイムが出ないような状態だったので、フリー走行の中で1号車に近いセットアップを試して、一発のタイムが出るようになったのが一番の収穫です」

 こういった情報共有の風通しの良さについては、以前一瀬エンジニアも言及していた。どちらかといえば1号車は予選で、15号車はレースで強さを発揮するパッケージのため、お互いの足りない部分を補っているという。

「2台のセットアップは瞬時に共有していて、壁がなくやれています」と一瀬エンジニア。

「セッション中にお互いの良さそうなものを共有しています。お互いやり合ってますよ(笑)」

 その高いエンジニアリング能力、データ分析力が強さの秘訣と言われるTEAM MUGEN。そんな彼らが実力者の乗る2台でデータを共有し、さらに高め合っていく……。そこにローソンや野尻の秀逸なドライビングテクニックが掛け算される。これがTEAM MUGENが王者たる所以と言えるだろう。