今シーズンのF1は、レッドブルが圧倒的な強さを見せており、早ければ今週末のシンガポールGPで、コンストラクターズタイトルを決めることになる。そんないずれかのチームの”1強”時代を止めるために、バランス・オブ・パフォーマンス(BoP)を導入し、勢力図を均一化させた方がいいのではないかという議論もある。

 しかしこのBoPの導入には、多くのチームが反対の姿勢をとっている。これはなぜなのだろうか?

 2014年シーズンに現行のパワーユニット(PU)・レギュレーションが導入されると、メルセデスが連戦連勝。コンストラクターズタイトル8連覇を達成。その後2022年に車体のレギュレーションが変更されると、今度はレッドブルが無類の強さを発揮し、今シーズンは開幕14連勝と新記録を樹立した。

 この後2025年シーズンまではレギュレーションが大きく変わる予定はなく、その間はレッドブルが強さを維持する可能性が高い。もしそうなれば、F1の人気に陰りが出てしまう可能性も否定できない。

 そんな状況を打破するための策として取り沙汰されているのが、BoPの導入である。

 スポーツカーレースやGTレースなどでは、パフォーマンスを均等化させるこのBoPが広く用いられており、駆動輪やエンジン形式・排気量が違うマシンを同じ土俵で戦わせる上で効果を発揮している。また、僅差の戦いを生み出すという点でも有効である。

 F1でも、このBoPを導入すれば、どこかのチームのみが強さを発揮するという事態を避け、各チームが緊密な戦いを繰り広げることになるだろう。

 ただこのBoPの導入については、多くのチームが批判的な味方をしている。

 フェラーリのチーム代表であるフレデリック・バスールは、レッドブルだけが強い状況にFIAやFOM(フォーミュラワン・グループ)が介入すべきと思うかという質問に対し、次のように語る。

「私はBoPやそういった形で手を加えることを、あまり好ましく思っていない。それは、F1のDNAとは大きくかけ離れている」

「ある種バランスを保つために、風洞実験の割当て時間の差がつけられている。パフォーマンスのバランスではなく、開発時間の割り当てでバランスがとられている。それで十分だ」

 今のF1は、エンジニアがチームを率いる形にシフトしつつある。マクラーレンはアンドレア・ステラをチーム代表に昇格させ、ウイリアムズはメルセデスからジェームス・ボウルズを新代表に引き抜いた。またアストンマーチンは、DTMを担当していたマイク・クラックをF1チームのトップに据えた。トト・ウルフが率いるメルセデスや、クリスチャン・ホーナーが率いるレッドブルは、例外的な存在になりつつあり、エンジニアたちは自分たちの意志で差を縮めようとしている。

 BoPがF1において全く異質な概念であるわけではない。しかし、エンジンのリストリクター制限やサクセスウェイトのような、明らかなハンデをつける必要はないということだ。すでに前述のような空力開発ハンデが存在しているため、すぐに差が縮まるわけではないものの、将来的にはパフォーマンスは収束していくはずだ。

 実際、アストンマーチンは2022年シーズン中に大きくパフォーマンスを上げ、今シーズンに向けてはさらにその上昇曲線が急激となって、表彰台の常連となった。マクラーレンも、今シーズン中に急激にパフォーマンスを上げた。この2つの例は、現在の序列が決して固定されているわけではないということを証明している。

 つまり、今季レッドブルが圧倒的な強さを見せているものの、その座が安泰ということではない。

 レッドブルのチーフエンジニアであるポール・モナハンは、今季のマシンRB19について、特に秀でたところがあるわけではなく、他のチームよりも弱点小さいだけだと考えていることを明らかにしている。そして、ライバルチームが追いついてこなかったことに驚いているとも語った。

 つまり現在の状況は、レッドブルが堅実にマシンを作り上げてきた一方で、ライバルチームは何らかのことを掴み損ねたことを反映した結果だとも言える。

 今のレッドブルの強みは、例えば2009年のレギュレーション大変更の際にダブルディフューザーを発見・実戦投入し、圧倒的なパフォーマンスを発揮したブラウンGPのそれとはまるで違う。レッドブルは堅実な開発で生み出したマシンに絶え間なく改良を続け、トップを走り続けているだけだ。

 ただ懸念もある。レッドブルは昨年チャンピオンを獲得したことで空力開発量が制限されただけでなく、2021年のコスト上限を超えたことで、空力開発量がさらに10%削減されている。この影響が及ぶことがあるかどうかということだ。

 現時点では、レッドブルはこの影響を感じさせず、先頭を走り続けている。しかしそれは、F1チームが選んだことであるとも言える。BoPではなくてだ。

 マクラーレンのステラ代表は、次のように語る。

「我々は助けを求めたいとは思っていない。我々は独自の手段で、その差を埋めたいのだ。そういうチャレンジが大好きなんだ。それが、今後数年間について、我々が望んでいることだ」

 そしてそれこそがF1の魅力のひとつだとも言える。

 昨年までホンダ/HRCでF1用PUの開発を務めていた浅木泰昭氏は、次のように語っていた。

「F1には、BoPのような制度を取り入れて、どこが勝つかわからないという形にして興行的に面白くしようという仕掛けがまったくありません。無慈悲なレギュレーションですよね」

「ここで勝てれば世界一だという自負を持つことができます。そういうことをもっと認識していただければ、その価値をすごくアピールできるのではないかと思います」