F1が2026年からスペインGPの舞台を、バルセロナのカタルニア・サーキットからマドリードのセミストリートコースに変更すると発表したことを受け、ソーシャルメディア上では「これ以上ストリートサーキットはいらない」という反応が多かった。

 発表されたマドリードのツイスティなコースレイアウトは、高速のバンクコーナーなどの特設セクションはあるものの、典型的なストップ&ゴーのコーナーも備えている。ファンが愛するオールドコースとは異なり、刺激の少ないストリートコースが増え続けていると不満を募らせているファンを満足させられるような要素はほとんどなかったのだ。

 近年サウジアラビアGP、ラスベガスGPなどいくつかのストリートサーキットがF1のカレンダーに加わっている。異論はあるだろうが、24戦中7戦がストリートサーキットでのレースに分類できるだろう。サウジアラビアGP、オーストラリアGP、マイアミGP、モナコGP、アゼルバイジャンGP、シンガポールGP、そしてラスベガスGPだ。

 これらはすべて、活気のある”デスティネーション・シティ”でレース開催を目指すというリバティ・メディアの戦略に合致しており、ファンにとっては公共交通機関や既存のインフラを利用して会場にアクセスしやすく、チームやスポンサーにとってはより魅力的なホスピタリティ・オプションを提供できる。

 常設サーキットでのレースが17戦ほど残っている現段階では、ストリートサーキットに対するファンの反発は少し誇張されすぎているようにも思える。

 ストリートサーキットや、90度のタイトコーナーの連続は、スパ・フランコルシャンのオー・ルージュやシルバーストンのストウ、鈴鹿の130Rほどファンやドライバーの想像力をかき立てるものではないし、現代の非常に印象的なグラウンドエフェクト・カーの限界を引き出すようなレイアウトでもない。

 ラスベガスGPの初開催が最終的に成功を収めたことは、純粋主義者たちの心を揺さぶらなかったし、今後もそうなることはないだろう。リバティ・メディアががスーパーボウルのようなビッグイベントを24回開催したいと公言していることも、モンツァやスパがいずれミラノやブリュッセルといった場所に開催を譲らざるを得なくなるのではないかという警戒感に拍車をかけている。

 日本でも、大阪がF1開催を目指すと発表したことに対して、鈴鹿でのF1開催に危機が訪れるのではないかと懸念している反応が多く見られた。

 しかしmotorsport.com/Autosportの取材によると、F1は常設サーキットとストリートサーキット、そして伝統と商業の絶妙なバランスを保つ必要性を強く認識しており、むしろふたつのタイプのレースが互いに競合することを望んでいるという。

 デスティネーション・シティという言葉は、大都市でのレースというイメージを想起させるが、ファンのアクセスや設備が標準的なものである限り、すべての新しい開催地がそうでなければならないというわけではない。

 その一例がオランダGPの舞台であるザントフールトだ。アムステルダム中心部からは少し離れているが、公共交通機関へのアクセスは抜群だ。ザントフールトの南に位置するスパ・フランコルシャンは時代に取り残されつつあったが、交通手段がもともと限られているにもかかわらずここ数年で大きくステップアップし、今でははるかに優れたファン施設とエンターテインメント・パッケージを提供している。

 モンツァはサステナビリティへの取り組みを強化しつつ、カレンダーの枠を守るため、長い間不十分だったインフラの刷新に手をつけている。

 F1は、こうした伝統的でファンの多い会場のプロモーターと協力し、未来のグランプリがどうあるべきかというビジョンを描いており、F1がグランプリの伝統を完全に放棄するわけではないという自信を抱かせるものだ。

 F1がそのバランスに忠実であり続けるかどうかは、実際にどうなるかを見届ける必要があるだろう。マドリードが、長年バルセロナには欠けていたコース上でのアクションをファンにもたらせるのか、ラスベガスのように評価を逆転できるのかも、同じく注視していく必要がある。

 スペインGPのマドリード移転に対する多くの反応は、その警告となるはずだ。終末時計を持ち出すのはまだ時期尚早だと言えるだろう。