おじいちゃん、お父さん、お父さんの肩に乗った男の子、「今日もホームラン打つかねぇ!」と笑顔でいっぱい。

スタジアムへのゆるい坂道で見慣れているこの光景も、この日だけは毎年特別に見える。8月6日、ヒロシマ「原爆の日」。

親子三代でカープに行ける当たり前は、当たり前ではない。本当に特別で本当に幸福なこと…。いつもは忘れがちなそのことを、この日だけは必ず思い出させてもらえる。

マツダスタジアムでは12回目の「ピースナイター」として、カープvs.ベイスターズ戦が開催された。原爆の日8月6日に「ピースナイター」が開催されたのは、今回で5回目になる。

入口でチケットを切った後、緑色の新聞が全員に配布される。真ん中には、原爆ドームと鳩でデザインされたピースナイターのロゴがプリントされている。

新聞をグチャグチャにならないように綺麗に畳んで、席に着く前にまずライト側コンコースのカバ広場へと向かった。ピースナイターに行く際は必ず試合前に寄るようにしている。

そこに集まっている多くの老若男女がせっせに取り組んでいるのは、「折り鶴」だ。ピースナイターだけの特別な3種のカープ柄折り紙が配られ、1羽折るごとにお坊さんスタイルのカープ坊やシールと交換してもらえる。

緒方監督や選手の折った鶴の展示も見ることができる。大瀬良大地投手、會澤翼捕手。そしてルーキーの小園海斗選手、島内颯太郎投手は記念すべき初めてのカープ折り鶴だ。

皆、汗だくになりながら指先に平和への思いをのせて。折った鶴は、カープらしく日本酒の樽へと集められ、選手達の折り鶴と共に平和祈念公園へと羽ばたいてゆく。

試合前の国歌斉唱は、「被爆ピアノ」での演奏によるもので、普段とは全く違う雰囲気の中でのプレイボールとなった。試合中も普段とは違い、どちらのチームも鳴り物応援はなしだ。

いつもよりもボリュームは小さくなってしまうが、全席1人1人が普段よりも丁寧に周りに合わせる応援は、何とも言えない心地よさがあった。繊細なその歌声、歓声は、両選手達にしっかりと伝わっていたと思う。

5回の裏には、客席全体に緑の輪が広がった。内野自由席最上段の席だけは、赤色に。それは、「ピースライン25」と呼ばれ、原爆ドームの高さ25mを表現している。

カープファンもベイスターズファンも関係ない、緑色、赤色の新聞を掲げた全員が、『The Beatles』の『Imagine』に合わせて想いを馳せゆっくりと揺れた。「この平和がずっと続きますように…」。

大切なこと、それは、1人でも多くの人たちが知り、そして伝えていくことだ。決して忘れてはならない、決して再び起こってはならない事を、伝え続け、そして願うことが今生きているわたしたちができる最小限のことだ。

「広島にとって特別な日に、勝ちを届けることができて良かったです」と、広島に縁もゆかりもなかったハタチの選手が、3万人の前で言ってくれる、そして、それが電波を伝って日本全国へと世界中へと伝わる。

「勝ち負け」よりも、このメッセージを届けてくれたことに大きな意味があったと思う。

お父さんの肩に乗っていた子も、鶴を折っていた子も、今はよく分かっていなくても、大きくなったいつか「緑の紙を掲げた、鶴を折ったあの日」を思い出し、その意味に気づき分かる時がくる。

親子三代でカープに行けるこの平和な世の中に、今日も感謝しよう、当たり前ではない、当たり前に。

文:大井智保子