絵本作家で『映画 えんとつ町のプペル』を手がけたキングコング・西野亮廣と、東京2020パラリンピック閉会式の演出を務めた小橋賢児が、これからのエンターテインメントやクリエイティブについて語り合った。

2人が登場したのは、10月9日(土)の「J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2021 supported by CHINTAI」。「INNOVATION WORLD FESTA」(通称・イノフェス)。「テクノロジーと音楽で日本をイノベーション!」がテーマの大型クリエイティブ・フェスティバルだ。

トークはポッドキャストでも楽しめる。

エンタメを70億人に「届ける」のではなく、70億人で「作る」

お笑い芸人、絵本作家、映画監督とさまざまな顔を持つ西野。「エンターテインメントをどうとらえているのか」という質問に「楽しむことが大事」と語った。

西野:とにかく「エンタメで世界を獲る」というのは決めていて、そのために一番いいアプローチはなにかなとずっと探っている感じです。

小橋:それは自分自身が人生を楽しみたいというところからきているんですか?

西野:自分もそうですし、あとは友だちと一緒に「次はあれやろうよ」というのと、あとは実験が好きなんです。よくわからない、世界の人も日本人も誰もやったことがないことを1回やってみたらどうなるんだ、ということが非常に好きだというのがあります。

小橋:西野さんといえば、もちろんお笑い芸人のイメージがあったものの、わりとビジネスマンとしても新しい仕掛けをしています。オンラインサロンもそうですけど、SNSやメディアを活用して新しい提言をしているじゃないですか。普通エンターテイナーって劇のなかとか演出のなかだけでおさまるんです。だけど『映画 えんとつ町のプペル』ひとつにしても、公開される前から人々を楽しませながら、ときには炎上もしますけど、結果、立体的に作品を見せていくということをやってらっしゃると思います。そのあたりは、なにか意図がありながらやってらっしゃるんですか?

nishino22110091.jpg

西野:いろいろ状況が変わったのは、自分がSNSの黎明期に立ち会ったのがデカいなと思っていて。たとえばうちの会社でいうとイベントのチケットの売り方は7、8年くらい前から変わっていて、チケットを安い順番からB席、A席、S席、スタッフになれる券でチケットを売ってるんです。スタッフになれる券が一番高いんですが、これが最初に完売します。要するにいまのお客さんは受信することでは満足できずに発信したがっているという。「これってなんなんだろう?」となったときにやっぱりSNSで「いいね」がほしいし、フォロワー数を増やしたい。受信よりも発信のほうが「いいね」が増える。「サグラダ・ファミリアに行ってきました」よりも「サグラダ・ファミリアを作っています」という。たとえば今日のイベントも、たぶん「観ました」というよりも「これ俺がやってんねん」って絶対に言いたいはずで、そっちのほうが楽しいじゃないですか。

映画の公開前に台本を販売するなど、斬新な試みをしてきた西野は、「『えんとつ町のプペル』というタイトルが最初に出た瞬間に泣く人をたくさん作る」を一番のテーマに掲げていたそうだ。その感動は「娘のピアノの発表会にたとえることができる」という。

西野:娘のピアノの発表会は、ピアノのクオリティはさして高くはないですけど、娘が舞台袖から出てきてピアノに行き着くまで、ここまでお父さんお母さんに育てられて、これはとんでもない感動じゃないですか。娘のピアノの発表会はプロのアーティストの感動に勝つだろうなと。だから決めたのは、エンタメを70億人に届けるんじゃなくて、70億人で作るという。そのためにはどうすればいいんだろうとひとつひとつ考えたら、「著作権とかあまりいらないよね」という話になってくるし、そこの交通整理をやっているという感じです。

音声コンテンツの魅力

西野は最近、音声コンテンツに注目しているそうで、その理由について語った。

西野:音声は圧倒的に面白いです。お客さんの目の可処分時間はほぼ空いてないので、小さいパイを大勢で取り合って1人あたりの取り分が小さくなる。ただ耳はまだけっこう空いているなと。音声はすごく、なんなら一番力を入れてやっているぐらいですね。

小橋:音声って近年また注目され始めてきているじゃないですか。ラジオだけじゃなくて、それこそアメリカなんてポッドキャストがいまものすごいですよね。僕も最近二拠点になって、東京から1時間半ぐらいのところを車や電車で移動するんですけど、映像をずっと観ながら運転できないので音声を聴くんですよ。

西野:プレイヤーとしても、単純に映像でビジュアルが出ちゃうと、基本的に老いると影響力が落ちるんですけど、声は老いるのに時間がかかる。「ラジオパーソナリティの年齢がわからない問題」があるじゃないですか。影響力が長持ちするという。声優さんもずっと声優さんじゃないですか。あれはやっぱりすごく魅力的だなと。

小橋:映像とか視覚で観るものって、もちろんすごく刺激もあるしわかりやすい。だけど一方でわりとあるがままを受け取っちゃう。でも音声って声を聴きながら自分で映像を想像するので、自分のイマジネーションが広がっていく。僕も自分のエンターテインメントをやるときに、もちろん映像といった視覚も使いますが、音を立体的な3Dサウンドにしたりとか、イマーシブな空間を作ったりするのにこだわっています。

nishino-2110091.jpg

自分の死後もエンタメを残したい

西野は「自分が作っているエンタメをまず300年残す」と目標を立てているそうで、自身が死んだあとの長期的な資金繰りを考え、人々が必ず使い続けるだろうトイレットペーパーを開発するという結論にたどりついたのだとか。

西野:トイレットペーパーって絶対に必要じゃないですか。じゃあトイレットペーパーの売上で次の世代の子たちがエンタメを作れたらいいなみたいな感じで。でもそれって自分が死ぬ前提でやってなかったら、トイレットペーパーにはいかなかったです。自分の人生だけでエンタメを終わらそうと思っていたら、たぶん僕はYouTuberになってフォロワー数を増やして、テレビに出てレギュラー番組を増やしてみたいな話になってくるんですけど、それって死んだら終わりなので。死んでも続く前提で、最近はトイレットペーパーとか不動産とか、そんなことをやっています。

小橋:自分の死までデザインしているみたいなところがあるんですね。

西野:それはすごく面白いです。人と全然違うことをやっちゃっているので。

西野が死後を考えるようになったのは、自身の会社に若い社員を雇い出したことがきっかけだったそうだ。

西野:22、23歳の子とかがいるんですけど、彼らの時間をもらっちゃっている。自分があと20年後に死んじゃいましたとなったときに、彼らは20年ぐらいここで時間を使っているわけで、それで「じゃあ解散ね」というのはあんまりだなと思って、それもデカいですね。
小橋:ほかの人の人生を考え始めて、自分の人生も考えるという。

オリジナルとは「費やされた時間や歴史」のこと

nishino-inofes20211119.jpg

『えんとつ町のプペル』は2022年1月に市川海老蔵の新作歌舞伎として東京・新橋演舞場で上演されることが決定した。西野は海外に作品を売り込む際に「どうやって世界に勝つのか」「日本人の資産とは」と考えるようになり、コピーできない「オリジナル」を探すようになったという。

西野:結論は、費やされた時間や歴史です。清水寺はコピーできないじゃないですか。清水寺とまったく同じものを作ったところで、そこに価値はないわけじゃないですか。

小橋:規模が同じものができたとしても、後追いで超えることはできないですよね。

西野:時間を味方にするしかない。「チームラボ」の猪子寿之さんとかもその話をしていたんです。樹齢1000年の木は100億円かけても作れないわけじゃないですか。それでいうと歌舞伎の歴史は400年以上で誰もコピーできないものになっていて、「歌舞伎は面白いな」と思っていたタイミングで「『えんとつ町のプペル』を観て歌舞伎でやりたいんですけど」と海老蔵さんから話があって。「ああ、思っていたタイミングできてくれた」と興奮しました。

「テレビを離れる」が活動の転機になった

nishino-2110092.jpg

最後に西野が、自身のステージの扉を開いた「突破ストーリー」を語った。

西野:25歳のときにテレビから軸足を抜いたこと。そのときうまくはいっていたんですけど、自分はあんまり才能がないものですから、このままいくと30代40代50代はだいたいこういう感じかなと見えてしまって。この確認作業で生きるのは嫌だなと思って。あそこで軸足を抜いて1回仕事が全部なくなるわけですけど、その経験はデカかった。それを経験しているので、どこまででもやめられるというか、やめグセ、引退グセがついた。あまりしがみつかないようにはなりましたね。

小橋:でも最初はものすごく怖かったですよね。

西野:最初はそうですね。「なんでやめるんだ」とか「ひな壇に出ろよ」とか批判も山ほどあったんですけど、楽しかったんです。またイチからチケットを手売りしてモノを作って誰にも相手されなくてという、その時間を20代で経験してよかったなと思いましたね。
小橋:初々しい時代って、仕事が増えてくるとあっという間に忘れちゃいますけど、改めて自分を捨てて原点回帰する体験、経験って必要ですよね。

西野:本当にそう思います。基本的には、才能と環境のどっちが先だというと絶対に環境。才能というのは基本的に後天的なもので、鳥は飛ばなきゃいけなくなったから飛んだわけで。「まず環境を与えてしまう」というのはそのときに覚えました。