米国人が1951年、宮城県沿岸部の人々や風景を撮った貴重な写真がインターネット上で公開されている。撮影者はカリフォルニア州の医師だった故ジョージ・バトラーさん。米軍松島キャンプ(東松島市、現航空自衛隊松島基地)に駐留した際に撮りためた写真を、長男で建築家のアランさん(68)が英語のウェブサイト「MIYAGI 1951」にまとめた。
 バトラーさんは朝鮮戦争さなかの51年3〜12月、従軍医として松島キャンプで過ごした。愛用のカメラを手に石巻や女川、仙台、塩釜などの町や村、島を巡り、約2000枚撮影した。
 写真は日に焼けた漁師、屈託なく笑う子ども、はにかむ若い女性らの表情を生き生きと切り取った。60年後の東日本大震災で大きな被害を受けた商店街、農村漁村の姿も写している。国内ではまだ普及していなかったカラー写真が多い。
 すっかり親日家となったバトラーさんは帰国後、自宅に日本庭園を設け、盆栽を熱心に収集していたという。74年に62歳で亡くなった。
 アランさんは2013年、自宅の倉庫にきれいに保管された写真やスライドを見つけた。今年6月に震災に関する資料のデジタルアーカイブ化を進めるハーバード大に寄贈。そのうち133枚をネットで公開した。
 アランさんは「家族と離れて暮らしていた父は、宮城の子どもたちとの触れ合いを楽しんでいた。写真の中の人々に会ってみたい」と語る。
 古い写真や映像を収集しているNPO法人20世紀アーカイブ仙台の佐藤正実副理事長は「この当時の沿岸部のカラー写真は見たことがない。とても珍しく、多くの県民が目にできるよう常設展示の場を設けるといい」と話す。
 撮影場所が不明の写真があり、アランさんはウェブサイトで情報を募っている。今後、日本語版も作る予定。アドレスはhttps://www.miyagi1951.com/