東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県内の被災地が、事故後7度目のお盆を迎える。このうち4町村は春に避難指示が一部地区を除き解除され、故郷に帰還した住民が久しぶりに穏やかな心で祈りの時間を過ごす。先祖や大切な人と向き合い、墓前に地域再生を誓う。
 避難指示が今春解除されたのは、帰還困難区域を除く富岡、浪江両町、飯舘村と川俣町山木屋地区。いずれも自宅の補修を終えるなどした住民が少しずつ戻り始めている。
 飯舘村の高野吉正さん(64)は今夏、生活の拠点を自宅に移した。昨年秋に母親が亡くなり、新盆の準備に当たるためだ。9月には避難先の福島市から本格的に引っ越すという。
 昨年までのお盆は、墓参り当日に自宅に泊まる程度だった。「今年は孫たちと一緒にゆっくりできそうだ」と頬を緩ませる。
 農家の9代目。原発事故まで葉タバコ栽培を手掛けていた。その自宅周辺の畑と福島市内で今春から、小菊の栽培に挑戦している。
 お盆は小菊の最大の需要期。高野さんも連日、収穫作業に汗を流す。「開花すれば商品価値はゼロ。手間は掛かるが、達成感も大きい」。産地形成に向け、来年は飯舘での栽培を倍以上に増やす考えだ。
 母が眠る墓地は自宅の近くにある。14日の墓参時には、畑で育った赤、黄、白色の小菊を供える。「葉タバコをやめたって報告したらどう思うか…。でも、花を見たら喜んでくれるんじゃないかな」
 浪江町でも帰還住民が盆入りの準備を進める。青田宗夫さん(79)は今年4月、二本松市の仮設住宅から自宅に戻った。
 二間だけの仮設住宅では大人数が集うのは難しかった。「やはり自宅はゆったりできる。今年は遠方に住んでいる親族も来てくれるんだ」と青田さん。避難中に中断していた迎え火も再開させるという。
 2005年に事故で長男を失った。七回忌の法要は原発事故のあった2011年夏。仮設住宅に僧侶を招いて営んだ。「今年は十三回忌。このタイミングで戻れるとは思わなかった」
 13日に手製の団子を持って墓参する。「これからも私たち夫婦を見守ってほしい」。青田さんは、そう語り掛けるつもりだ。