東京電力福島第1原発事故で避難地域に指定されたことで無人となり、ことし3月末に休校となった福島県立富岡高校。その卒業生や元教員らが30日、厚木市文化会館大ホールで、母校の校歌を響かせる。同日開かれる「青春かながわ校歌祭」の実行委員会が招待し、実現した。当日は県内外で避難生活を送る卒業生らの飛び入り参加も歓迎しており、一行を率いる元校長の青木淑子さんは「厚木で顔見知りとの再会もきっとある。すごくうれしい」と話している。 青木さんは「母校で校歌を歌い隊!」を結成し、2015年10月から毎月1回、富岡高校の校舎前で活動している。午前10時に集まり3番まである校歌を歌うと、皆で拍手する。そして「来月までがんばろう」と声を掛け合い、解散する。 卒業生がおらず、教員や卒業生の保護者だけが集まる時もあるが、休まず続いてきた。「みんな高校にいい思い出があるのでしょう。廃虚同然の学校で一緒に歌うことで、つながりを感じている」と青木さんは話す。    ◇ 活動のきっかけは、同年8月の富岡高校の開放だった。続く余震に原発事故、避難指示と、震災直後から校舎にはだれも立ち入れず、在校生が置いたままの私物もそのままだった。それらを持ち帰れるよう、4日間、校舎に入ることができたのだ。 開放には当時の在校生のおよそ2割が集まった。教科書が散乱し、机やいすががたがたに乱れたままの校舎をのぞいて歩くうち、誰ともなく校歌を歌い始めた。4年間誰もいなかった校舎に響く歌声。「よし、歌い続けよう」。青木さんは生徒や保護者らと話し合い、同窓会やPTAなどにも声を掛け、自らが世話人となって歌い隊を結成した。    ◇ 昨年10月、歌い隊の存在を報道で知った校歌祭の実行委が青木さんに連絡し、今年の参加が決まった。避難者を支援しているNPO法人「かながわ避難者と共にあゆむ会」も協力し、県内などに住む富岡高校卒業生や、ゆかりがある人々の参加を呼び掛けている。 校歌祭を主催するかながわ校歌振興会会長の山下東洋彦さんは「東日本大震災は、残念ながら風化している側面がある。富岡高校の歌声を通して、身近に住む避難者の存在を感じられれば」と思いを語る。 実行委では参加校などにカンパを募り、富岡高校の一行のバス代が集まった。当日は現地から18人のメンバーが参加する予定だという。青木さんは語る。「歌い続ければ、何か生まれると思う。今回、神奈川で歌うこともそう。今後も人生でつまずいたときに、校歌を歌って進んでいければ」 青春かながわ校歌祭は30日午前11時半から。富岡高校への参加希望者の問い合わせは、かながわ避難者と共にあゆむ会電話045(312)1121・内線4142(平日の午後1〜5時)。 ◆福島県立富岡高校 1950年設立。2006年には普通科から国際・スポーツ科に移行し、バドミントン、サッカーなどの強豪校だった。11年の原発事故後は避難区域に指定され、在籍生徒は同県や静岡県のサテライト校に通学。その後、生徒数が減少し、17年3月末に休校となった。