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 2021年冬に母国フランスのスタッド・レンヌから18歳の時に75万ユーロで獲得し、その後2年間でブンデス通算57試合に出場し11得点をマークしてブレイクを果たしたフランスU21代表FWが、移籍金2800万ユーロ(成果次第で最大4000万ユーロ)を残しプレミアリーグの舞台へ渡ると、しかもそこで5年半で最大3000万ユーロのサラリーを手にする機会があると、敏腕代理人ヴィットマン氏のROGON社から伝えらるならば「さらなる高みを目指すことの妨げになるようなことは理にかなっているとはいえない」と、TSGホッフェンハイムのローゼンSDが慰留を断念することは理解できる話だ。

 しかし実際はその言葉とは裏腹にジョルジニオ・ラター自身は、初の海外経験で落ち着いた生活をおくり、また語学力でも進展をみせるなど順調な生活を送るなかで、シーズンを通して大きな飛躍を遂げていたここホッフェンハイムからの退団を、希望してはいなかったという。つまりクラブと選手双方にとって文字通り、後ろ髪を引かれる思いでの決断となったが、この移籍の半年後ラターは別の意味で悲しみを背負い続けることになる。加入からプレミアリーグ10試合の出場でわずか1試合のみの先発に終わったラターは、21歳の誕生日を迎えた4月20日から全く出場機会を得られず、最終節のトッテナム戦での後半途中よりようやく機会を得たものの、クラブは2部降格が確定。

 今はまったく別の理由で、将来について思い悩まなくてはならなくなっているのだ。飛躍の舞台としてプレミアリーグを選択したはずが、このままではプレーする舞台は英国2部。しかもはこの半年間役割が得られなかった選手として、前述の高待遇によるサラリーは、買い手側としての判断材料としてどうみられるのか。そもそも2部降格により、そのサラリーに影響が及ぶのかどうかさえも定かではない。落ち着いた環境で更なる成長に望んていただけに、ラターの心境は複雑なものだろう。 

 サッカーの世界では長年活躍を続ける選手のことを、よくワインに例える。それは1言でいえば「寝かせるほどに味わい深くなる」意味だが、しかしその過程は1)一流の土壌に、2)その気候に適した苗を、3)一流の生産者が丁寧に育て上げて、4)目的に応じた樽に熟成し風味がそのブドウの種類にマッチし、そして5)気温などで毎日味わいの変わる繊細な醸造過程を踏んで、初めて成し遂げられる1つの『技』である。よく「ステップアップ」という言葉が単純に用いられるが、とりわけ言葉も通じぬ海外から挑戦する若手選手にとって、たとえいかに高い才能があろうともサッカーという暴風吹き荒れる巨大ビジネスの中、更なる飛躍を期せる場所に身を置くということ自体そう簡単に到達できるものではない。