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 2024年2月20日、ドイツサッカー界は突然の訃報により悲しみに暮れた。1990年イタリアW杯では、決勝となったアルゼンチン代表戦にて決勝となるPKを沈め、またクラブシーンではバイエルンやインテルなどで活躍した(1991年UEFA杯優勝)、当時を代表するサイドバック1人、アンドレアス・ブレーメ氏が63歳の若さで他界した。同氏のパートナーがドイツ通信社に対して「予期せぬ心停止で急逝で、家族は悲しみにくれている」と明かしている。「今はそっとしてください」

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盟友ブッフヴァルト、リトバルスキも「悲しみに暮れている」

 ワールドカップで共に戦ったギド・ブッフヴァルト氏は、SIDに対して「茫然自失。最近また密に連絡をとっていたんだ。彼は常に前向きで純粋な生命力を解き放つ素晴らしい人間であり、そして友人であった。1984年の五輪から我々は共に戦い、そして数多くの素晴らしい思い出を共にしてきた。本当に辛く悲しいことだよ」とコメント。またピエル・リトバルスキ氏からは「尽きることのない悲しみに襲われている。選手はもとより人間としてアンディを失った事はあまりに辛い事。ドイツサッカー界はもとより、我々1990年ワールドカップ優勝メンバーにとって本当に大きな悲しみだ」と、早すぎる死を惜しむ声が寄せられた。

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ドイツ代表を優勝に導いた『鋼の心臓』

 ドイツ代表が通算3度目の世界一に輝いた1990年7月8日のワールドカップ決勝。舞台はイタリアの首都ローマ。後半85分に映し出された映像は、主審と数分に渡る怒りの抗議を行なったアルゼンチン代表選手たちの顔と、そしてペナルティスポットに静かに集中して立つ、ブレーメ。なぜローター・マテウスではないのか?当時の代表主将はそのブレーメの鋼の精神力を見込み、ドイツサッカー史上に残る名場面を友人であるPKスペシャリストに託したのだ。そしてブレーメはゴールの左下へと絶対の自信をもって右足で蹴り込む。ドイツサッカー史上最大のハイライトの1つは、こうして見事なフィナーレを迎えることになる。

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最後の姿はかつての指揮官との別れ場

 引退後は指導者の道を歩み、そして2018年に新設されたドイツサッカー殿堂で最初のメンバーとして名を連ねたブレーメ氏は、2020年に開催されたイタリア大会優勝30周年記念イベントの中で、「いまだ毎日といってもいいだろう、まったく知らない人から声をかけられて、このPKのことについて聞かれるんだよ」と笑顔でコメント。ただその時には体調不良のために出席できなかった、フランツ・ベッケンバウアー代表監督は先日他界。そして奇しくもアンドレアス・ブレーメ氏が最後に公にみせた姿は、その追悼式でかつての指揮官に涙を浮かべる元名ディフェンダーの姿だった。