3年前に全国から寄せられた支援への感謝を込めて。2014年8月20日に発生した広島土砂災害を機に立ち上がった災害ボランティア団体「コミサポひろしま」。代表の小玉幸浩さん(50)=広島県=は、熊本地震の直後から仲間たちと益城町に入り、被災者支援を続けている。

 気温40度近い7月下旬。小玉さんは木山上辻仮設団地に出向き、依頼を受けた世帯の玄関に雨風を避ける「風除室」を取り付ける作業を一人黙々とこなしていた。慣れた手つきで仕上がりも丁寧だ。

 「とび職を昔してましたから、こういうのは得意なんです」

 ヘルメットからトレードマークの金髪がのぞく。地元住民が作ってくれたTシャツには「ROOF ANGELS(屋根の上の天使たち)」の文字。主に屋根の修理やブルーシート張りに当たってきた仲間のチーム名だ。

 本震が発生した昨年4月16日は、15年9月の水害に見舞われた茨城県常総市の被災地にいた。益城町に入ったのは2日後の18日。以来、木山地区に設けたテントやコンテナで寝泊まりし、支援活動を続けてきた。

 震災直後は、行政がボランティアを派遣できない危険家屋から物品を取り出す作業を数多くこなした。家財品に加えアルバムや位牌[いはい]などを可能な限り探し出して手渡すと、希望を失いかけていた被災者に笑顔が戻った。

 屋根の修理やブルーシート張りの依頼は今も時折届き、小玉さんが手掛けた家屋の数は300軒を超す。傾いた塀の撤去、石垣の修理、御堂や地蔵の修復など被災者の多様な依頼にも応えつつ、ブルーシートの張り方講習会などを開いてきた。

 昨年10月の鳥取中部地震や今年7月の福岡・大分豪雨。休む間もなく各地に足を運び、被災者支援は途切れない。

 若い頃は暴力団の世界に足を踏み入れ、覚醒剤を使用して刑務所生活を送った。30代後半で「残りの人生を人のために生きたい」と決意し、介護の仕事に就いた。重い障害のある男性が必死に生きる姿に心を打たれ、無心で支え続けた。

 だが、男性が突然の病で他界。失意の余り引きこもっていた時、広島を土砂災害が襲った。全国から駆けつけた多くのボランティアの姿を見て、再び「人のために生きる道」を見つけたという。

 地震から1年3カ月余り。ボランティアや活動を支える助成はぐっと減った。全国的に熊本への関心が小さくなる中、小玉さんは生活を切り詰めながら、県外の仕事で稼いだ資金で支援を続ける。被災者からのSOSが絶えないためだ。

 「大変だけど、おじいちゃん、おばあちゃんに涙声で『ありがとう』って言われると、やっぱりやって良かったと思う。恩返しとともに、これまでの罪滅ぼしです」

 広島の娘から届く孫の動画に元気をもらいながら、8月末までは熊本で活動を続けるつもりだ。(浪床敬子)