「息子がいない喪失感、悲しみが今も続いている」。昨年の熊本地震による土砂崩れで亡くなった大和晃[ひかる]さん=当時(22)=に、父卓也さん(59)と母忍さん(50)が苦難を乗り越え、対面を果たして11日で1年がたつ。家族は区切りのつかない思いを今も抱えながら、深い悲しみの中で「少しでも前に…」と気持ちの置き所を探している。

 昨年4月16日未明、晃さんは南阿蘇村の阿蘇大橋付近を車で走行中、土砂崩れに巻き込まれて行方不明となった。捜索は難航し、県は5月1日にいったん打ち切ったが、両親らは「納得できない」と現場付近を連日歩き、7月24日に大橋下流で土砂に埋まった車体を発見した。

 両親らが待ちかねた県や県警の捜索が8月9日に再開され、翌10日に「遺体発見」の一報。卓也さんは報告を受けた当時を「安心と驚きがまずあり、それから深い悲しみがどっと込み上げてきた」と振り返る。11日には車内から遺体が収容され、ようやく14日に晃さんと確認できた。

 4月の一周忌の後も、晃さんの遺骨は自宅座敷の仏間に安置されている。「あの子が帰ってきた8月の盆まで」と見送った納骨だが、真っ暗な土砂の中で過ごした晃さんの4カ月間を思うと、卓也さんは「家から離してお墓に連れて行こうという気持ちにまだなれない」と語る。

 さらに時間がたつにつれ、「どんなことがしたかったのか。もっといろんな話をしておけば良かった」と無念の思いも膨らみ、気持ちは揺れる。

 忍さんも、晃さんの部屋に掃除機をかけられずにいる。捜索中に祈りを込めて折っていた鶴を、ふとした時に今も折り続けることがある。ただ、復職した小学校で「ありのままの感情で接してくれる子どもたちに、救われる部分が大きい」。

 今月9日、夫妻は発見現場を見下ろす対岸を1年ぶりに訪れた。昨年は岩肌ばかりだった所に緑が生い茂り、時の流れを示していた。それでも県の捜索の進め方に対しては、今も不信感がぬぐえないままでいる。

 晃さんを発見した現場には「前に進むための起点にしたいと訪れた。多くの方の支援があったからここまで来られたんだと、感謝の気持ちが込み上げた」と卓也さん。忍さんも「支えてくれる人たちのつながりの中で、今の生活がある。晃と次に会った時『お母さん頑張ったね』って褒められるように生きていきたい」。

 川に投げ入れたのは、晃さんが乗っていた車と同じ黄色の花束。愛息への思いを込めるように、2人は眼下の岩場をじっと見つめ続けていた。(中尾有希)