かつてトヨタの2代目「センチュリー」には、左ハンドル仕様が存在しました。そのうちの1台がドイツにあるといいます。どのようなモデルなのでしょうか。

センチュリーに左ハンドルが存在するワケ

 後席に座る人を優先した「ショーファードリブンカー」として、主に官公庁や企業の役員車として活用されてきた特別なセダンの「センチュリー」は、トヨタのフラッグシップといっていいモデルです。

 初代モデルの登場は1967年と、すでに50年以上の歴史を持っていますが、まさに日本の経済成長を見守ってきた一台といえるでしょう。

 ちなみにセンチュリーという名前は、初代が登場した年がトヨタグループの創設者・豊田佐吉氏の生誕100年に由来しています。

 基本的には日本専用モデルですが、1997年に登場した2代目には左ハンドル仕様が用意されていました。そのうちの1台がドイツ・ケルンにある博物館「トヨタコレクション」に展示されていました。

 そもそも、なぜ左ハンドル仕様のセンチュリーが造られたのでしょうか。当時、すでにトヨタのプレミアムブランド「レクサス」も存在していましたが、フラッグシップの「LS」はドライバーズカーとして開発されているので、恐らく「ショーファー需要は完全には賄えない」という判断からセンチュリーに白羽の矢が当たったのでしょう。

 さらに当時の豊田達郎社長の「世界のショーファーにしたい」という想いも強かったことも後押し、開発が進められたといいます。

 トヨタコレクションに展示されているモデルはTME(トヨタ・モーター・ヨーロッパ)が所有していた1台で、当時駐在していた役員の送迎用として使われていたモデルだそうです。ドイツトヨタのThomas Schalberger氏によると「恐らく、アウトバーンを走った唯一のセンチュリーかも!?」と話します。

 外観デザインはセンチュリーでは珍しいドアミラー仕様であること以外は日本仕様と大きな差がないように見えますが、細部を見ると左リアに電動アンテナの追加と横長のナンバープレートに合わせて切欠きの変更、そしてリアフォグランプの追加がおこなわれています。展示車のボディカラーは鸞鳳(らんぽう)と呼ばれるグロリアスグレーメタリックです。

 内装も同様で、パッと見る限りは左ハンドル化されている以外は大きな差はなく、日本独自装備ともいえるレースのリアカーテンも装着されている状態ですが、センチュリーならではの変更があります。それは「各操作系の標記」です。

 日本仕様は、エアコンやパワーウィンドウなどが日本語で表記されているのですが、このモデルはすべて英語表記に変更されています。これはセンチュリーならではの「違和感のない違和感」といえる部分かもしれません。

 ボンネットを開くと日本仕様と同様に5リッターV型12気筒エンジン「1GZ-FE」が搭載されていますが、細かい部を見ると左ハンドル化に合わせてブレーキマスターとバッテリーの位置が左右反転しているのが分かります。ちなみにエンジン左右に装着されているはずの補機類を覆う樹脂カバーが装着されていないのは不明です。

ドイツに現存するセンチュリーのエンジンスペックとは?

 エンジンは欧州の法規対応をおこなう程度で、スペックは最高出力280馬力/最大トルク481Nmと変更ありませんが、日本仕様では自主規制によりこのスペックに留められていますが、本当の実力はどうだったのか気になるところです。なお、トランスミッションは初期モデルのため5速ATを搭載しています。

 前出のThomas Schalberger氏はこのセンチュリーに乗った数少ない一人で、試乗した印象を聞いてみたところ、「エンジンはモーターのようにスムーズで静か、フットワークは路面の舗装が変わったかのように滑らかでビックリしたよ!!」と教えてくれました。

 さらに「また来るなら試乗できるようにセッティングしておくよ!!」といってくれたので、その言葉を信じて近いうちに伺いたいと思います。

 ちなみに、3代目となる現行モデルは左ハンドル仕様の計画はないといいます。恐らく、現行LSがその代わりを担える存在に進化したことも大きいといえます。

 また、プラットフォームは、4代目LSのロングボディ車がベースなので、技術的にはそれほど難しくないはずです。以前の東京モーターショーで参考出品された際に海外メディアの反応が高かった事も踏まえると、個人的には「メイド・イン・ジャパン」を象徴する一台として、世界にもっとアピールしてもいいモデルだと思っています。