現在、国内メーカーが販売しているクルマの多くは、FFもしくはFFをベースにした4WD車です。FF車が本格的に普及し始めたのは1970年代の初頭からですが、その後はコンパクトカーを中心に爆発的に増えました。そこで、昭和の時代の若者を魅了したFF車を、5車種ピックアップして紹介します。

昭和の時代の若者御用達だったFF車を振り返る

 国内メーカーが販売する現行モデルでは、軽自動車から大型ミニバンまで、FF車もしくはFFベースの4WD車が主流です。

 駆動方式にはFF、FR、RR、MRの4つに大きく分けられ、それぞれにメリット/デメリットがありますが、室内の広さや操縦性、コスト、重量などを総合的に考えると、やはりFFが優れているということでしょう。

 日本初の量産FF車は1955年に誕生したスズキ「スズライト」で、同社初の4輪自動車で今に続く軽自動車の基礎になったモデルでもあります。

 その後、小型の登録車にもFF車が登場し、本格的に普及が始まったのは1970年代の初頭からで、1980年代には若者が乗るクルマとしてFF車が人気となりました。

 そこで、 昭和の時代の若者を魅了したFF車を、5車種ピックアップして紹介します。

●マツダ「ファミリア」

 マツダ(東洋工業)は1964年に、同社初の小型乗用車として初代「ファミリア」を発売。マイカー時代の到来を見据えた大衆車であり、トヨタ「カローラ」や日産「サニー」に先んじて誕生しました。

 その後もファミリアはマツダを代表する大衆車として代を重ねますがFR車であり、FF化したライバルに対して室内の広さなど不利な状況となります。

 そこで、1980年に発売された5代目からすべてを一新してFFに改められました。

 ボディは先代と同様の2ボックスのハッチバックを継承しましたが、デザインは直線基調のシャープなフォルムに変貌。

 エンジンは1.3リッターと1.5リッター直列4気筒の2種類を設定し、FF化によって新開発された4輪独立懸架「SSサスペンション」は路面追従性が高く、スポーツドライブが不得意とされていたFF車の常識を覆したと評されました。

 そして、トップグレードの「1500XG」は電動サンルーフを標準装備とするなど若者の心を掴み、「赤いファミリア」のキャッチコピーも当たり、大ヒットを記録。

 当時、ファミリアのルーフにサーフボードを載せたスタイルが大流行し、「陸(おか)サーファー」という言葉が生まれるきっかけになったほどです。

 高く評価された5代目ファミリアは記念すべき第1回日本カー・オブ・ザ・イヤーに輝き、海外でも人気車種となったことから、マツダ車はロータリーエンジンだけじゃないことを世界中に知らしめました。

●トヨタ「スターレット」

 意外と思われるかもしれませんが、トヨタはFF車の開発について比較的後発といえるメーカーで、1978年発売の「ターセル/コルサ」から始まりました。

 それまで、エントリーモデルというとFRの「スターレット」でしたが、時代のニーズに応えるため、1984年にエンジンからシャシまですべてが新しいFFコンパクトカーの3代目スターレットが登場。

 トップグレードの「Si」は93馬力(グロス)を発揮する新開発の1.3リッター直列4気筒SOHCエンジンを搭載し、わずか730kg(3ドア)と軽量な車体によって高い走行性能を誇り、スタイリッシュなフォルムも相まってたちまち走り好きの若者から人気となります。

 Siでも十分に速いクルマといえましたが、次なる一手として1986年に105馬力(ネット)を発揮する「スターレット ターボ」を追加ラインナップ。

 スターレット ターボは過給圧を高低2段階に調整する「2モードターボシステム」を備えたことで、低回転域からも力強い加速が得られるなど、ドライバビリティも考慮されていました。

 一方で、軽量な車体にハイパワーなエンジンを搭載したことから、CMには速さをイメージさせる「韋駄天」のフレーズが用いられ、さらに若者を虜にしました。

●ホンダ「シビック」

 ホンダは1967年に初の軽乗用車として「N360」を発売。空冷2気筒SOHCエンジンをフロントに搭載するFF車で、広い室内にライバルを圧倒するパワーのエンジン、そして安価な価格によって大ヒットし、ホンダが本格的な量産4輪車メーカーとなるきっかけとなりました。

 そして、1972年には初代「シビック」が誕生。新時代のFF2ボックス車であり、優れた経済性や低公害エンジンの「CVCC」を採用するなど、世界的なヒット作となります。

 その後、ボディバリエーションを増やして幅広いニーズに対応し、1979年に2代目、1983年には3代目がデビュー。ホンダ自ら3代目を「ワンダーシビック」と呼び、まさに驚きの変化を実現しました。

 内外装のデザインからエンジン、プラットフォームに至るまですべてを刷新。ボディラインナップは3ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアステーションワゴン、5ドアライトバンを設定しています。

 外観は直線基調のボクシーなフォルムで、とくに3ドアハッチバックは空力性能も考慮したロングルーフとグラスエリアを広くし、ロー&ワイドなスポーティなフォルムです。

 エンジンは3タイプで、トップグレードの「25i」には最高出力100馬力(グロス)の1.5リッター直列4気筒を搭載。突出してパワフルなエンジンではありませんでしたが、815kg(25i、MT車、ノーマルルーフ)と軽量な車体によって、十分にスポーティな走りが可能でした。

 さらに発売から1年ほど経った1984年に、ホンダの4輪車では「S800」の生産終了から14年ぶりとなるDOHCエンジンを搭載した「Si」が登場。

 Siはレースでの活躍もありシビック=FFスポーツ車というイメージを確立。FF派の走り好きな若者を夢中にさせました。

実はエポックメイキングな2台のFF車とは?

●日産「パルサーエクサ」

 日産初のFF車は1970年に発売された「チェリー」で、サニークラスのボディながら「ブルーバード」に匹敵する室内空間が売りでした。

 その後、1974年に後継車の「チェリーF-II」が登場し、1978年には新時代のFFコンパクトカーとして「パルサー」へと受け継がれます。

 そして、1982年に2代目へとモデルチェンジした際に、2ドアクーペの「パルサーEXA(エクサ)」が誕生。

 当時、FF車は2ボックス車かセダンが主流だったなか、パルサーエクサは人気が高かった「S12型 シルビア」をイメージさせる短いルーフと、切り立った角度のリアウインドウ、リトラクタブルヘッドライトを採用するなど、スポーティなコンパクトクーペとして若者から人気となります。

 また、大きなトピックスとして1983年のマイナーチェンジでターボエンジン車の追加に加え、国産車では初となるドアミラーを装着。ここからドアミラーの爆発的な普及が始まりました。

 さらに、1985年には限定モデルとしてオープンカーの「パルサーエクサ コンバーチブル」を発売するなど、実用性重視の2ボックス車とは異なるキャラクターを昇華させたといえます。

●三菱「ミラージュII ターボ」

 1978年に三菱初のFF車、初代「ミラージュ」は、コンパクトなボディの3ドアハッチバック(後に5ドアと4ドアセダンも登場)としてデビューしました。

 外観はスラントノーズのフロントフェイスに、傾斜角が寝たリアハッチ、そしてボリューム感を醸した前後フェンダーなどによって、欧州車的な雰囲気があります。

 エンジンは1.4リッターと1.2リッターの2種類が設定され、1979年には1.6リッター直列4気筒エンジンを搭載する「1600GT」を追加し、スタイリッシュな外観とスポーティな走りから、ライバル車に対して後発ながら人気となりました。

 さらに、三菱は1980年代に急激な普及が始まったターボエンジンに着目。グループ会社の三菱重工がターボチャージャーを生産していたこともあり、三菱はターボ車のフルラインナップ化を進め、1982年のマイナーチェンジ時に、クラス初のターボエンジンを搭載する「ミラージュII ターボ」を発売。

 1.4リッターでありながら105馬力(グロス)のハイパワーを発揮し、一躍クラストップのハイパフォーマンスカーへとなりました。

 ミラージュII ターボは1983年に2代目へフルモデルチェンジするまでの僅かな期間しか販売されませんでしたが、このミラージュII ターボの登場がきっかけで、コンパクトカーのパワー競争が始まったといいます。

※ ※ ※

 2019年に発売された現行モデルのBMW3代目「1シリーズ」は、FRからFFとなったことが大いに話題となりました。

 この3代目の発売前に、BMWは2代目までの1シリーズ・オーナーに調査をおこなったところ、8割の人が自分のクルマの駆動方式を知らなかったといいます。

 長年FRにこだわっていたBMWですが、実はユーザーはそれほどこだわっていなかったようで、1シリーズのFF化もスムーズに受け入れられたということでしょう。