第1次スーパーカーブーム時代の憧れの1台だったフェラーリ「ベルリネッタ・ボクサー」ですが、ロードモデルとレースモデルでどれほど価値に差があるのかを調べてみました。

「カウンタック」にはないモデルが「BB」にはある

 日本の子供たちを沸かせたスーパーカーブーム時代。ランボルギーニ「カウンタック」と並ぶ二大巨頭だったフェラーリ「ベルリネッタ・ボクサー(BB)」だが、昨今の国際クラシックカー・マーケットでは、かつての好敵手カウンタックの相場価格が急騰から高止まり状態にあるのに対して、フェラーリBB、特に「512BB」と「512BBi」は、かなりリーズナブルとなっている。

 しかし宿敵カウンタックにはなくて、BBだけに存在するものがある。それはル・マンなどの世界選手権を闘ったレースヒストリーを持つレーシングモデルである。

 毎年8月中旬、アメリカ・カリフォルニア州モントレー半島内の各地で展開されるカーマニアの祭典「モントレー・カー・ウィーク」が今年2年ぶりの開催となるのに際して、昨年はオンライン限定オークションでお茶を濁したRMサザビーズ社も、恒例の大規模オークション「Montley」をオンラインおよび対面型のミックスで開催。数多くのフェラーリが取り引きされることになったのだが、今回VAGUEが注目したのは生産型「ストラダーレ」と、ル・マンにも挑戦した「コンペティツィオーネ」の2台が出品された512BBだった。

 この2台に設定されたエスティメート(推定落札価格)には、実に10数倍もの開きがあったのだ。

●1979 フェラーリ「512 BB」

 フェラーリ512BBは、実験的要素も多分に込められていたフェラーリ市販車初の12気筒ミッドシップ「BB」のファーストモデル「GT4/BB」の後継として、1976年にデビュー。フロント/リアエンドを中心とする小改良を施したボディに、排気量を365BBの4390ccから4943ccにアップした180度V12エンジンを搭載する。

 スペック上の最高出力は360psで、365BB時代よりドロップしていたものの、トルクの増強もあってパフォーマンスは互角以上とされていたようだ。また、512BBの後を継いだ「512BBi」では、その名のとおりインジェクション化されたことから、512BBは最後の12気筒+キャブレターのフェラーリとして、生産終了後40年を経た今なお、愛好家の寵愛を受けている。

 512BBの生産台数は365時代よりは多いとはいえ、わずかに929台。とくに排出ガス対策上有利なBBiに進化する以前は、アメリカへの正規輸入はなかったのだが、それでも並行輸入業者によって、一定数の512BBがアメリカに上陸したとされている。

 今回の出品車両は、新車時から「ロッソ・コルサ」のボディに、タンの本革レザーというフェラーリの古典的カラーの組み合わせ。1979年9月にマラネッロ工場で完成した左ハンドルのイタリア国内仕様車で、1970年代から1980年代のカリフォルニア州ロサンゼルスにて、アメリカに正規輸入されていない珍しいクルマの並行輸入を生業としていた「トレンド・インポート・セールス」を介して、新車として米国に輸入された。

 そののちこの個体は「フェラーリ・コンプライアンス」社を介して、オレゴン州ポートランドの自動車ディーラー運営グループで、長らくフェラーリも扱ってきた「ロン・トンキン(Ron Tonkin)」のプライベートコレクションに収められることになる。

 オークション出品にあたって添付されるサービスファイルに収められた請求書は、トンキンのスタッフが定期的なメンテナンスをおこなってきたことを示している。

 また1984年5月には、車体の下半身を新車時のマットブラックから、ボディ上半身と同じロッソ・コルサに塗り替え。さらにクロモドラ製ホイールのスポーク内部も、ボディと同色の差し色が入れられた。

 さらにトンキン氏の好みだったのか、1970年代から1980年代に大流行したCB無線システムとイコライザー、およびウッドリムのMOMO製ステアリングなど、フェラーリ12気筒モデルとしては珍しく数々のモディファイが施されている。

 今回の出品に際しては、フェラーリ指定の「マスターテクニシャン」よって包括的なサービスを受けているとのことで、コンディションは万全。RMサザビーズ北米本社は、22万5000ドルから30万ドルというエスティメートを設定した。

 今回の出品は「Without Reserve(最低落札価格の設定なし)」だったことから、8月13日におこなわれた競売では、エスティメートにはちょっと及ばない22万4000ドル。日本円に換算すれば、約2460万円での落札となった。

 ヒストリーやコンディションを考慮すれば、かなりリーズナブルな印象もある落札価格は、やはり第一印象として感じるオリジナル性の低さが競売会場の熱度に影響したかにも感じられる。アメリカのフェラーリ愛好家の間では、このモディファイ後の姿で有名な個体だったそうだが、オリジナリティが問われる現在のマーケットには、少々そぐわなかったのかもしれないのだ。

いまや伝説のレーシングチーム「NART」とは

 伝統的フェラーリV12FRモデルの最後を飾った「365GTB/4デイトナ」は、一部の車両がFIAグループ4仕様に改装され、輝かしい戦績を残していることで知られている。しかしその後継車であるミドシップ車「BB」シリーズも、デイトナほどではないとはいえ、レースの世界に確たる足跡を残している。

●1981 フェラーリ「512 BB/LM」

 この夏、RMサザビーズ「Montley」オークションに出品された512BB/LMも、ル・マン24時間レースで完走歴のある1台。フェラーリの歴史家として世界に知られるマルセル・マッシーニ氏とキース・ブルーメル氏の調査によると、シャシNo.#35527のこの個体は、フェラーリが正規に製作した16台のBB/LMシリーズ3の10台目とのこと。

 また、アメリカにおけるフェラーリとは切っても切れない大立者、故ルイジ・キネッティと彼が主催するレーシングチーム「NART」に販売、レースに共用された最後のフェラーリとしても知られる個体とのことである。

 1981年4月、マラネッロからNARTに新車としてデリバリーされた#35527は、6月13日のル・マン24時間レースの「IMSA」カテゴリーでレースデビュー。アレイン・クディーニ/ジョン・モートン/フィリップ・グルジアン組がドライブし、一時は総合4位まで浮上するも、クラッシュアウトしてしまう。

 しかし翌1982年のル・マンでは、クディーニ/モートン/ジョン・ポール・ジュニア組に委ねられ、トランスミッショントラブルを抱えながらも総合9位/クラス4位入賞を果たした。

 さらにNARTは1983年のル・マンにも仮エントリーしていたが、チームの母のごとく敬愛されていたルイジの妻、マリオン・キネッティが逝去したこともあって、NARTは1982年12月に解散。結果としてこの512 BB/LMは、フェラーリとモータースポーツの歴史に冠たる名門レーシングチーム、NARTの最後を飾る1台となったのだ。

 #35527は1984年までNARTによって保有されたのち、米国および欧州で複数の著名コレクターのもとを渡り歩くことになる。

 1999年、オリジナルの「F102B」エンジンは、このマシンをクラシックカーレースに持ち込もうとした当時のオーナーによって「F110A」型ボクサー12に換装。キネッティ夫人の名「Marion」が刻印されたオリジナルエンジンは2001年にリビルドされ、今回の販売でも添付されたという。

 また、2010年代にこのマシンを入手したオーナーは、カリフォルニア州のフェラーリ・スペシャリストに、33万ドルをつぎ込んで完全な修復を委託。シャシは完全に分解され、超音波およびX線撮影までおこなって構造的な亀裂についてテストされたという。

 そして2017年後半、1982年にNARTからル・マンに出走した時を再現したカラーリングで完全復活を果たした#35527は、翌2018年には「NARTのフェラーリ」をフィーチャーした「アメリア・アイランド・コンクール・デレガンス」に招待され、アメリア賞が贈られている。

 また、2019年5月31日に開催されたクラシックカー・レースイベント「ソノマ・スピードフェスティバル」では「グループ10 IMSAクラス」にも出場し、現状ではこれが最後のレース参加となっている。

 アメリカのフェラリスタにとってはとても重要な「NART」とともに、輝かしいレーシングヒストリーを持つフェラーリ512BB/LMが、アメリカでもっとも重要なオークションに出品されるということもあってだろうか、RMサザビーズ北米本社は300万ドルから350万ドル、つまり邦貨換算約3億2940万円から約3億8230万円という高額のエスティメートを設定したものの、残念なことに最低落札価格に届くことなく流札。現在では継続販売となっている。

 ただしこのエスティメートは、現在の国際マーケットにおけるフェラーリ512BB/LMとしては妥当なものとも考えられる。ル・マンの完走歴があることから「ル・マン・クラシック」にエリジブル(Eligible=参加資格がある)なのはもちろん、例えば「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」のヒルクライムに招待されることも夢ではないこの個体ならば、3億円を大きく超える価格であっても妥当とするのが、現在の国際マーケットにおける評価と思われるのである。