1980年代以降、日産の高性能車といえば6気筒エンジンかターボエンジンが主流でした。しかし、4気筒の自然吸気エンジン車でも、高性能なモデルが存在。そこで、日産が誇る至高の4気筒エンジン車を、3車種ピックアップして紹介します。

日産の高性能4気筒自然吸気エンジン車を振り返る

 1979年に、日産は日本車では初となるターボエンジン「L20ET型」を搭載した、「430型 セドリック/グロリア」を発売。そして、1980年代になると、ターボエンジン車のラインナップが急激に増加しました。

 そうした背景から日産の高性能モデルというと、6気筒エンジンから6気筒ターボエンジンに以降し、現在も「GT-R」や「スカイライン 400R」などが継承しています。

 また、自然吸気の6気筒エンジンでは1969年に誕生した初代「スカイライン GT-R」の2リッター直列6気筒DOHC「S20型」や、現行モデルの「Z34型 フェアレディZ」に搭載されている3.7リッターV型6気筒DOHCの「VQ37VHR型」があります。

 さらに、高性能な4気筒エンジンの代表的な存在が、「S15型 シルビア」などに搭載された2リッター4気筒DOHCターボの「SR20DET型」です。

 このように6気筒エンジンかターボエンジンが日産の高性能車に採用されてきた歴史がありますが、一方で、数が少ないながらも4気筒自然吸気でも優れたエンジンが存在。

 そこで、日産が誇る至高の4気筒エンジン車を、3車種ピックアップして紹介します。

●日産「パルサーセリエ/ルキノ VZ-R・N1」

 日産は1978年に、新時代のFFコンパクトカーとして初代「パルサー」を発売。当初はベーシックカーというコンセプトで「A型」OHVエンジンを搭載するなど、高性能なモデルではありませんでした。

 しかし、1990年には世界ラリー選手権(以下、WRC)に出場するベース車「パルサーGTI-R」が登場するなど、高性能モデルを展開。

 そして1997年には、改造範囲が極端に狭められたN1カテゴリーのレースで勝つことを目的として、日産とオーテックジャパンによって開発された「パルサーセリエ/ルキノ VZ-R・N1」がラインナップされました。

 パルサーセリエ/ルキノ VZ-R・N1のボディは3ドアハッチバックのみで、エンジンは1.6リッター直列4気筒DOHC可変バルブタイミングリフトの「NEO VVL」を採用した「SR16VE型」を搭載。

 最高出力はスタンダードモデルの「VZ-R」が175馬力だったのに対して、専用のシリンダーヘッドと吸排気システムを搭載し、クランクシャフトとフライホイールのバランス取り、ポートや燃焼室と吸排気マニホールドの研磨などのメカチューンが施され、クラストップの200馬力を7800rpmで絞り出しました。

 さらに1998年には「パルサーセリエ/ルキノ VZ-R・N1 VersionII」を発売。最高出力は200馬力と変わっていませんでしたが、サスペンションの強化と車体の軽量化、フジツボ技研製マフラーが装着されるなど、さらに戦闘力を向上させました。

 実際のレースでは最大のライバルであるホンダ「EK9型 シビック タイプR」と互角以上の戦いを繰り広げ、わずかに及ばずタイトル奪取とはなりませんでしたが、市販の1.6リッター自然吸気エンジンで200馬力に到達したのは、偉業といえるでしょう。

●日産「ウイングロード ZV」

 前述にある「SR型」は、排気量だけでなくさまざまなバリエーションが展開されていました。なかでも、前出のSR16VE型と同じNEO VVLを採用した2リッターモデルが「SR20VE型」です。

 このエンジンがユニークなのは、あえてスポーツカーではないモデルに搭載されたことで、その1台がステーションワゴンの「ウイングロード」です。

 SR20VE型が搭載されたのは1999年に登場した2代目ウイングロードの「ZV」グレードで、ライトバンの「ADバン」とボディを共有して開発されました。

 最高出力190馬力を7000rpmで発揮し、組み合わされたトランスミッションはマニュアルシフトモード付きのCVT「ハイパーCVT-M6」のみと、過激なスポーツモデルではなくツーリング性能を重視していました。

 一方、ボディはフロントバンパー、サイドステップ、リアバンパー、リアスポイラーといった、いわゆるフルエアロが装着されており、見た目にはスポーティです。

 しかし、2001年にマイナーチェンジでZVグレードは廃止となり、代わりに登場した「ZX」グレードでは最高出力150馬力の「QR20DE型」にスイッチされ、短命に終わりました。

 このSR20VE型エンジンはほかにも「ブルーバード 2.0SSS-Z」と2代目「プリメーラ」が搭載し、さらに3代目プリメーラでは最高出力204馬力まで向上し、6速MTが組み合わされました。

●日産「240RS」

 1979年に登場した3代目「シルビア」は2代目から大きくデザインを変え、シャープなスタイリングのスポーティなクーペ/ハッチバックとしてヒット作になりました。

 そして1982年には、この3代目シルビアの2ドアハードトップをベースにしたモータースポーツ専用車両として、「240RS」が誕生。

 240RSはわずか200台の生産で公認が取得できる、グループB車両で戦われたWRCに参戦するために開発されたモデルで、れっきとした市販車です。

 外観はシルビアとシルエットは共通ですが、ラジエーターやオイルクーラーの冷却を重視し開口部が拡大された専用のフロントグリルとバンパー、リアスポイラー、スクエアな形状の大型オーバーフェンダーを4輪に装着することで、迫力あるボディに変貌を遂げました。

 内装では快適装備というとヒーターくらいで、インパネにはメーターとグローブボックスがあるだけと、まさに戦うためのマシンです。なお、販売は日本でも左ハンドルがメインでした。

 搭載されたエンジンは240RS専用に開発された2.4リッター(2340cc)直列4気筒DOHC「FJ24型」で、2基の50Φソレックスキャブレターと4-2-1のエキゾーストマニホールドを装着し、圧縮は11まで上げられ、最高出力240馬力を7200rpmで発揮。

 さらに240RSにはスタンダード仕様のほかに4タイプのチューニングオプションが設定され、ハイチューンの仕様ではドライサンプキットや、より高回転型のカムシャフトを組み込むことで最高出力280馬力/8000rpmまでパワーアップが可能でした。

 また、シルビアや「R30型 スカイライン」に同系統の2リッター直列4気筒DOHCの「FJ20型」エンジンが搭載されていましたが、FJ24型はほとんど部品が専用となっており、互換性はほとんどありませんでした。

 240RSの実際の戦績はというと、当時のWRCでは過給器付きエンジンの4WD車でないと勝てない状況で、自然吸気エンジンでFRだった240RSはすでに時代遅れであり、目立った成績は残せませんでした。

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 かつて、高回転型の自然吸気エンジンは、国産メーカー各社がラインナップするほどメジャーな存在でした。

 しかし、2000年代になると急激に数を減らし、もはや国内では風前の灯火といった状態です。

 やはり、比較的簡単に出力向上が可能な過給機付きエンジンは偉大な存在で、高性能な自然吸気エンジンは淘汰される運命にあるでしょう。