2022年が始まり、今年はどんな新型車が登場するか楽しみです。そこで、今からちょうど50年前の1972年に登場したクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

2022年に登場から50年という大きな節目を迎えるクルマを振り返る

 2022年1月1日。新しい年が明けました。2021年は数多くの新型車が登場しましたが、2022年はどんなクルマがデビューするのか、今から大いに楽しみです。

 新型車が発売されてから月日が経つと、5年、10年、25年といった節目を順に迎えますが、登場から50年という大きな節目を迎えるクルマがあります。

 今から50年前というと1972年です。日本の自動車市場では、翌年の1973年から「昭和48年排出ガス規制」という強力な排出ガス規制が始まる直前で、まだ高性能なクルマが販売されていました。

 また、東北自動車道が岩槻ICから宇都宮ICまで開通し、「初心運転者標識」いわゆる「初心者マーク」が導入されたのも1972年からと、自動車にまつわるさまざまな出来事がありました。

 そこで、2022年に登場から半世紀を経つことになるクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

●日産4代目「スカイライン」

 日産の現行ラインナップのなかでも、もっとも長い歴史があるモデルは「スカイライン」です。そして、1972年に4代目となる「C110型」がデビューしました。

 当時、4代目スカイラインのキャッチコピーは「ケンとメリーのスカイライン」で、これはPRキャラクターに「ケン」と「メリー」と名付けられた男女ふたりの外国人モデルを起用していたためで、4代目が「ケンメリ」の愛称で呼ばれる由来となったのは、有名な話です。
 
 3代目スカイラインは、そのスタイリングから「ハコスカ」の愛称で呼ばれましたが、4代目ではデザインを大きく変えて流麗なフォルムへと変貌を遂げました。

 一方で、スカイラインのデザインで重要なアクセントになっていた、ボディサイドのプレスラインである 「サーフィンライン」は継承されました。

 ボディタイプは2ドアハードトップと4ドアセダン(「ヨンメリ」とも呼ばれた)に、ステーションワゴンとライトバンが設定され、昭和のモデルでは定番のラインナップといえます。

 エンジンはGT系が2リッター直列6気筒SOHCの「L20型」を搭載し、当初はキャブレターでしたが後に電子制御燃料噴射装置も採用されました。

 また、GL系は1.6リッターと1.8リッターの直列4気筒SOHCの「G型」で、GT系よりも短いフロントセクションに、フロントフェイスとテールランプまわりのデザインも専用です。

 そして、1973年には2代目「スカイラインGT-R」が発売され、わずか197台の生産で短命に終わりました。

 4代目スカイラインはスタイリッシュなボディと、なめらかな走りが好評を博し、「ケンとメリー」のマーケティングキャンペーンも成功した影響もあり、歴代スカイラインでは最高の累計販売台数約66万台という大ヒットを記録しました。

●マツダ「シャンテ」

 現在、マツダは自社で軽自動車を生産していませんが、同社の4輪自動車の歴史は軽自動車の「R360クーペ」から始まりました。

 その後も数多くの軽自動車を輩出しましたが、そのなかの1台が1972年に発売された「シャンテ」です。

 ボディは傾斜したCピラーによってスタイリッシュなフォルムの2ドアクーペで、精悍なフロントフェイスと四角いテールランプが特徴的でした。

 エンジンは最高出力35馬力(グロス)を発揮する360cc2サイクル直列2気筒をフロントに搭載して、駆動方式はFRを採用していました。

 シャンテは優れたデザインにパワフルなエンジンの意欲作でしたが、ライバルに対して突出したアピールポイントが少なく、販売は低迷。そのため、1976年に生産を終了。シャンテが消滅したことで、マツダは一旦軽乗用車市場から撤退することになりました。

 こうして一代限りで消えたシャンテでしたが、実は新開発の360ccシングルローター・ロータリーエンジンを搭載することを計画していました。

 当時マツダが進めていた、あらゆるモデルにロータリーエンジンを搭載する「ロータリーエンジン・フルラインナップ化」の一環で、シャンテ ロータリーの試作も完了していたといいます。

 しかし、運輸省(現在の国土交通省)からの認可が取れず、発売を断念しました。

 もし、シャンテ ロータリーが実現していたら、その後のマツダ製軽自動車の歴史は大きく変わっていたかもしれません。

●ホンダ初代「シビック」

 ホンダは1972年に、新世代のコンパクトカーである初代「シビック」を発売しました。

 駆動方式はそれまで実績を積み重ねていたFFを採用し、2ドアのみでスタートしたボディは全長3405mm×全幅1505mm×全高1325mm(DXグレード、以下同様)と、今の軽自動車並のコンパクトサイズでした。

 しかし、タイヤを極力ボディの四隅にレイアウトし、FFの恩恵もあって、乗車定員5名を確保する広い室内空間を実現しました。

 また、エンジンは最高出力60馬力(グロス)の1.2リッター直列4気筒SOHCエンジンを搭載し、トランスミッションは発売当初4速MTのみの設定でしたが、1973年にはホンダ独自の自動変速機「ホンダマチック」が追加設定されました。

 装備が簡素だったこともあり、車重も615kgと非常に軽量で、60馬力とローパワーながらキビキビとした走りを実現し、優れた経済性と広い室内から大ヒットを記録。

 後に3ドアハッチバックや5ドアハッチバック、上級グレードの「GL」、CV型ツインキャブ仕様のスポーティモデル「RS」が登場するなど、さまざまなニーズに対応しました。

 そして、1973年12月には、排出ガス浄化技術「CVCC」を採用した1.5リッターエンジン車「シビック CVCC」誕生。

 このCVCCエンジンは触媒などの後処理無しでも、排出ガス中の有害物質を低減でき、当時はクリア不可能といわれたアメリカの排出ガス規制「マスキー法」の規制値を世界で初めてパスし、1975年モデルから北米にも輸出されて日本と同じく大ヒットしました。

 初代シビックは欧州にも盛んに輸出され、ホンダ車の本格的なグローバル化への大きな足がかりとなり、まさにホンダの未来を切り開いたクルマでした。

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 冒頭にあるとおり1972年は排出ガス規制が強化される直前で、大気汚染は公害問題のひとつとして大きくクローズアップされていました。

 また、交通事故による死者数も年間約1万6000人という、深刻な状況でした。

 しかし、その後の50年で自動車の技術は飛躍的に進歩し、排出ガスはクリーンになり、交通事故の死亡者数も2020年には2839人と、5分の1以下まで減少しています。

 今後、排出ガスを出さないEVの普及や、事故ゼロを目指した技術開発も進みますから、自動車が果たすべき社会的責任も変わっていくのではないでしょうか。