いつの時代でもクルマ好き、走り好きにとって憧れの存在なのが高性能車です。日本ではマイカー時代が到来したすぐ後から、本格的な高性能車が登場しました。そこで、1960年代の終わりから1970年代初頭にデビューしたハイスペックマシンを、3車種ピックアップして紹介します。

昭和の時代にデビューした高性能車を振り返る

 近年、日本の自動車市場では高性能車の需要は、かつてに比べ減少傾向にあり、各メーカーのラインナップからも高性能車は少なくなってしまいました。

 しかし、少なくなったとはいえ、日産新型「フェアレディZ」やホンダ新型「シビック タイプR」の登場が控えているなど、高性能車の火が消えたわけではありません。

 こうした高性能車はいつの時代でもクルマ好きや走り好きを夢中にさせる存在であり、日本ではマイカー時代の到来からわずか数年後には、本格的なハイスペックエンジンを搭載したモデルが誕生しています。

 その多くはモータースポーツと直結したモデルで、黎明期の高性能車は硬派なクルマばかりでした。

 そこで、1960年代の終わりから1970年代初頭にかけて登場した高性能車を、3車種ピックアップして紹介します。

●日産「スカイライン GT-R」

 現在、日産のラインナップのなかでもっとも長い歴史を刻んでいるモデルといえば「スカイライン」ですが、なかでも「スカイライン GT-R」シリーズは世界的に名を轟かせている究極の存在です。

 1968年に、プリンス自動車と合併した日産から発売され日産「C10型 スカイライン」、通称「ハコスカ」は、トップグレードに2リッター直列6気筒SOHC「L20型」エンジンを搭載し、高性能なセダンとして人気を博しました。

 そして1969年には、レースで勝つことを目的に開発された初代「PGC10型 スカイラインGT-R」が誕生。

 PGC10型スカイライン GT-Rはツーリングカーレースに出場するためのベース車であり、市販の状態で高いポテンシャルを発揮する必要がありました。

 そのため、プリンスが開発したレースエンジンの技術をフィードバックした量産車として、世界初の2リッター直列6気筒DOHC24バルブ「S20型」エンジンを搭載。最高出力は160馬力(有鉛ハイオク仕様、グロス以下同様)を発揮し、クラストップの性能を誇りました。

 ボディは当初4ドアセダンのみで、外観ではフロントフェイスやエンブレム、フェンダーアーチの形状がスタンダードモデルとの差異で、一見すると大きく変わっていません。

 一方、内装ではバケットシートが装着され快適装備を撤去して簡素化。燃料タンクは100リッターの容量でトランクルームの多くのスペースを占領するなど、実用性は二の次とされていました。

 その後、1970年にスカイライン GT-Rは「KPGC10型」に移行し、ボディは2ドアハードトップとなり、リアフェンダーにはリベット留めのオーバーフェンダーが装着されるなど、よりレーシングカーのイメージを強調。

 レースには1969年シーズンから投入されデビュー戦では辛勝でしたが、後に1972年までに記録した通算50勝への第一歩となりました。

●マツダ「カペラ」

 マツダは1963年に大衆車の初代「ファミリア」を発売。さらに1966年にはファミリアの上位に位置するセダンの「ルーチェ」が誕生し、ラインナップの拡充を進めました。

 そして、マツダが創業50年という大きな節目だった1970年には、ファミリアとルーチェの間に位置するモデルとして、初代「カペラ」がデビューしました。

 ボディは4ドアセダンと2ドアクーペの2タイプを設定し、クーペはロングテールの流れるようなフォルムが特徴で、高い空力性能から「風のカペラ」というキャッチコピーが冠されました。

 さらに、逆スラントノーズのフロントグリルはエアダクトを思わせるシャープな横6角形とするなど、精悍な印象でした。

 搭載されたエンジンは、新開発の573cc×2ローター「12A型」ロータリーと、1.6リッター直列4気筒レシプロエンジンをラインナップ。12A型ロータリーエンジンは最高出力120馬力を誇り、初代カペラはパワーと斬新なデザインは高く評価され、1972年には米国の自動車専門誌で輸入車の最優秀車賞に選出されたほどです。

 また、1971年10月にはロータリーエンジン車では初のATモデル(REマチック)を追加するなど、小型スペシャリティカーとしてのイメージが強化されました。

 なお、高性能な初代カペラは必然的にレースでも活躍し、1971年8月の「富士500キロ・スピードレース」にて、前出のスカイライン GT-Rの連勝記録を阻止(46連勝でストップ)したのが、まさにカペラ ロータリークーペであり、後の「サバンナ GT」誕生の礎となりました。

●いすゞ「ベレット GTR」

 いすゞは2002年に、日本での乗用車の生産・販売から撤退していますが、かつては数多くの名車を輩出してきました。そのなかの1台が1963年に誕生した「ベレット」です。

 高い高速性能と優れた経済性の両立を目指して開発されたベレットは、欧州車を思わせるモダンな外観デザインで、ボンネットからトランクまでのラインが緩やかなカーブを描き、その上に背の高いキャビンを構築した斬新なフォルムを実現。

 ボディは当初4ドアセダンのみでしたが、後に2ドアクーペとファストバッククーペ、ライトバンが加わりました。

 そして、1964年には高性能グレードで「ベレG」こと「ベレット1600GT」が登場。国産車初のディスクブレーキ(前輪)や、前輪ダブルウィッシュボーンと後輪ダイアゴナルスイングアクスルの組み合わせによる4輪独立懸架、ラックアンドピニオン式ステアリングを採用し、高いコーナリング性能を発揮しました。

 さらに1969年には「鈴鹿12時間耐久レース」で優勝した「ベレットGTX」の市販モデルとして、「117クーペ」用の1.6リッター直列4気筒DOHCエンジンを搭載した「ベレットGTR」(後に「ベレットGT typeR」へ改名)が発売されました。

 エンジンはミクニ製2バレルソレックスキャブレターが2基装着され最高出力120馬力を誇り、強化されたサスペンションやブレーキブースター、LSDを装備し、2トーンのカラーリングにフロントに補助灯が装備されるなど、優れた走りとレーシーな外観からベレットの代名詞的存在となりました。

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 今回紹介した3車種はモータースポーツに深い関わりがあったモデルですが、かつてレースは市販車の高性能化には欠かせない存在でした。

 近年は市販車をベースとしたレースへ国産メーカーが積極的に関与するケースはあまり見られなくなったため、モータースポーツと市販車の関係は希薄になったといえるでしょう。

 そうした背景から比較的安価で魅力的な高性能車が減ってしまったのも、時代の流れとして仕方のないことなのかもしれません。