静岡市は1日までに、徳川家康が豊臣政権下で秀吉のおい、秀次に宛てた書状が新たに見つかり、原本を入手したと発表した。ともに東北地方の平定を担っていた秀次に「伊達政宗は味方」との情報を伝える内容。

 市によると、書状は1590年12月8日付。北条氏を攻めた小田原合戦後、家康が秀吉の命で居城を駿府(現在の静岡市)から江戸に移した時期に当たる。

 当時は東北で一揆が起き、伊達政宗の関わりがうわさされていた。書状では一揆鎮圧に当たった浅野長吉(のちの長政)から報告を受けたとして「政宗の動向が分からないとのことだったが、味方であるのは間違いない」と記されている。