滋賀県長浜市は26日、戦国武将羽柴秀吉が1582年に毛利氏方がこもる常山城(岡山県玉野市など)を攻撃する際に各武将が率いる兵数を記した文書「羽柴秀吉備前国児島攻め備」が見つかったと発表した。「はまて(浜手)の衆」と記されていることから、城を海上から攻撃する軍に編成を指示した文書と推定できるという。

 市によると、織田信長から命じられて秀吉が実施した「中国攻め」の一つで、実際に行われたか疑問視されていたが、秀吉軍に具体的な動きがあったことを示すという。

 各武将の名前と兵数が記され、3月17日という日付や秀吉の花押(サイン)もあったが宛名は記されていなかった。