今、日本の機械式時計が世界からかつてない、熱い視線を浴びている。スイスの名門ブランドにも勝るとも劣らない、新たな技術とモノづくりの哲学が評価されているのだ。今回は特に注目したい2つのモデルを紹介する。

今、日本の機械式時計が世界からかつてない、熱い視線を浴びている。スイスの名門ブランドにも勝るとも劣らない、新たな技術とモノづくりの哲学が評価されているのだ。今回は特に注目したい2つのモデルを紹介する。

「サステナビリティ」で再評価される機械式時計

クォーツ式時計への対応が遅れ、1970年代から80年代に危機に陥ったスイスの時計業界は1980年代後半、ラグジュアリー戦略に再生を賭けた。機械式時計を「時を知る道具」から、「持つことが喜びでありステイタスになる」ラグジュアリーアイテムと位置付け、熟練の職人が一つ一つ手作りするイメージを発信。この戦略は見事に成功し、1990年代から世界で機械式時計ブームが起きた。その結果、スイス時計の海外市場規模はこの30年あまりで約4倍にまで成長した。

そして今、機械式時計は当時とは別の意味で再評価、注目されている。それは「サステナビリティ」という観点でだ。

ICをはじめとする電子部品など自作が不可能な部品のあるクォーツ式時計と異なり、機械式時計は、構成部品のほとんどが金属製で、たとえば歯車は手作業でゼロから製作することが可能だ。適切なメンテナンス、修理を施せば、世代を超えて受け継げる。さらに高級なモデルでは、財産価値が生じるものもある。このようなサステナビリティは、残念ながらクォーツ式時計には望めない。

プレミアムな機械式時計の最終組立は熟練の時計技術者の手作業で行われる(2004年、盛岡セイコーの雫石高級時計工房)

このサステナビリティを重視する視点から、スイスの時計ブランドは2010年頃からいち早く、機械式時計の技術革新に積極的に取り組んできた。その結果、素材や構造の革新で、耐久性や信頼性は大きく向上した。これを受けて時計の品質保証期間は最低でも2年間、最長だと8年間にまで延びている。

世界を驚かせた革新的な機械式ムーブメント

一方、日本の2大時計メーカー「セイコー」と「シチズン」は、サステナビリティの追求の先を見据えて「次世代の機械式ムーブメント」を相次いで開発した。この機械式ムーブメントと、これを搭載した「次世代の機械式時計」が今、世界の時計愛好家から熱い視線を浴びている。

日本の時計は1969年末にセイコーが世界で初めてクォーツ式腕時計「セイコークオーツアストロン35 SQ」を発売して以来、何よりもまず先進性で評価されてきた。クォーツ式の開発以降に登場した時計技術の多くが、電子技術を日本で開発し製品化されたもの。その結果、「日本=ハイテク電子ウォッチ」「スイス=伝統的な機械式」というイメージが時計界では常識だった。

1969年12月、世界で初めて発売されたクォーツ腕時計「セイコークオーツアストロン 35 SQ」。ゴールドケースで当時の価格は45万円

しかし、両社の新しい機械式ムーブメントの登場で、このイメージは一新されるだろう。機械式時計でも日本はスイス勢と同じステージに立ったのだ。

これはサステナビリティの次を見据えた、機械式時計の「リ・ジェネレーション(世代革新)」ともいえる。この次世代の機械式ムーブメントと、このムーブメントを搭載した次世代の機械式時計の魅力をご紹介しよう。

“世界を超えた”日本の新・機械式「グランドセイコー」

「グランドセイコー(GS)」は、「世界で通用する腕時計」を目標に1960年に第1号モデルが誕生したセイコーのプレミアム・ウォッチブランド。同社はスイス天文台が主催するクロノメーター(高精度時計)のコンテストに挑戦。当時世界No.1だったスイスに追いつこうと、機械式時計技術の基礎研究やムーブメント調整者の育成に取り組んだ。

その結果、セイコーの機械式時計は1960年代末、世界最高水準の精度を達成。グランドセイコーからこの技術を活用した「V.F.A(Very Fine Adjusted)」などの超高精度モデルが発売され、今や希少なコレクターズアイテムとなっている。しかし、セイコー自身が開発したクォーツ式が製品の主流になった1970年代半ば、「グランドセイコー」は製品ラインナップから姿を消す。

復活を望む声に応えて、「グランドセイコー」がクォーツ式で再登場したのは1988年。完全新設計の専用機械式ムーブメント「キャリバー9S5系」が開発され、機械式モデルが復活したのはさらに10年後の1998年のことだ。

だが誕生から20年以上を経て、このムーブメントは、もはや改良の余地がないレベルまで熟成され、「グランドセイコー」の未来を担う新型機械式ムーブメントの登場が待たれていた。そして2020年春、「グランドセイコー」の誕生60周年を記念し、まず限定モデルに搭載され登場したのが「キャリバー9SA5」である。

2020年、ついに登場したGS用の新世代機械式ムーブメント「キャリバー9SA5」

期待通りの登場にもかかわらず、この新型機械式ムーブメントは世界の時計関係者に大きな衝撃を与えた。その設計思想はとても挑戦的で、メカニズムや性能が、期待を遥かに超えた画期的で革新的なものだったからだ。

中でも画期的なのが、時を刻む機械式時計の心臓部である脱進機と調速機。時計業界ではこれまで、1755年にイギリス人時計師トーマス・マッジが発明し、これを改良したスイス・レバー式脱進機(クラブトゥース脱進機)が200年以上もデファクトスタンダードとして使われてきた。

スイスの時計ブランドの最新鋭ムーブメントも、脱進機にはこの機構を採用するものがほとんど。だがセイコーは「キャリバー9SA5」に、「デュアルインパルス脱進機」という独自開発、世界初の新型脱進機を採用した。これは調速機へのエネルギー伝達を、従来の間接的な方法と直接的な方法の両方(デュアル)で行うことから付けられたネーミングだ。これにより、エネルギー効率は大きく改善されたという。

さらに調速機には慣性モーメントが大きく精度を高めることができる、より大型の「てん輪」を採用。また緩急調整をてん輪の側面4カ所に取り付けられたネジを回して微調整する「フリースプラング式」のてんぷを、セイコー史上初めて採用した。この方式のてんぷの製造と調整には高い技術が必要だが、高精度を安定して実現できる。また、ひげぜんまいに接触する緩急針がないので耐久性も優れている。

そのうえ、てん輪の中央で伸び縮みして、てんぷの往復回転運動を実現するひげぜんまいにもセイコーが独自開発した独自形状の「巻上ひげ」を採用した。この形状は8万種類を超えるシミュレーションから導き出したものだという。

キャリバー9SA5の脱進機とフリースプラングてんぽ。中央に巻かれているのが巻上ひげ(ぜんまい)だ

また、先に述べた脱進機の効率化とともに、動力源である主ぜんまいを収めた香箱を2つにすることで、毎時3万6000振動の高振動ながら、業界の常識を超える約80時間という長いパワーリザーブ(主ぜんまいをフルに巻き上げたときの最大駆動時間)、そして平均日差+5〜−3 秒という機械式で最高クラスの精度を実現している。

量産される機械式ムーブメントで、ここまで革新的で独創的で高性能なものは、スイスにもない。この新型機械式ムーブメントを搭載した「グランドセイコー」は間違いなく、現時点で最先端の機械式時計である。

グランドセイコー ヘリテージ コレクション シリーズ9(ナイン)SLGH005

キャリバー9SA5を搭載する新定番モデル。文字盤はGSの製造拠点近くに群生する白樺林をイメージした立体仕上げ。自動巻き。ケース径40mm。ケース厚11.7mm。 SSケース&ブレスレット。3万3600振動/時。10気圧防水。104万5000円

グランドセイコー お客様相談室 Tel.0120-302-617
https://www.grand-seiko.com/jp-ja

最高峰の精度と機械美を追求したシチズン

シチズンの時計といえば「エコ・ドライブ」。つまり、ソーラー発電のクォーツモデルをイメージする人が多いだろう。1976年、世界で初めてアナログ式光発電時計を発売して以降、同社はこの技術を磨き上げ、多彩な製品を開発・展開してきた。自動で時刻修正を行う電波時計機能を備えたモデルや、スマートフォンとつながるコネクテッドモデル、年差±1秒という超高精度モデルもある。

「エコ・ドライブ」で年差±1秒を実現した『ザ・シチズン』限定モデル(左)とキャリバー0100(右)

エコ・ドライブは文字盤下にセットしたソーラーセル(太陽電池)で太陽光や室内のわずかな光でも効率よく電気に換え二次電池に蓄え、クォーツ式のムーブメントを駆動する。フル充電状態なら光がなくても何カ月も動き続けるから、使いやすさも抜群。定期的な電池交換も不要なため、環境に優しくサステナビリティの点でも優れている。だから世界中で愛用されている。

だが、実は機械式時計の世界でも、シチズンは世界有数の存在だ。製品としては、1924年に第1号の懐中時計を発売して以来、「シチズン」ブランドで、特に1960年代から70年代にかけて、機械式時計の名作を数多く世に送り出してきた。現在も最高峰に位置付けられた「ザ・シチズン」やカジュアルな「シチズンコレクション」などのブランドでさまざまな機械式時計を発売してきた。

さらに、国内での知名度は低いが、汎用ムーブメントの世界では、シチズンは世界トップクラスのサプライヤーだ。クォーツでも機械式でも、1980年代から「MIYOTA(ミヨタ)」ブランドで世界中の時計ブランドに高品質の汎用ムーブメントを供給、その時計作りを支えてきた。海外ブランドで「日本製の機械式ムーブメントを搭載」することを誇らしく謳うものの多くが、このミヨタ製ムーブメントを搭載する。中でも同社の機械式「キャリバー82XX系」は“世界で最も普及している機械式ムーブメント”と言われる。

今から約9年前の2012年、シチズンはトゥールビヨンなどの機械式複雑ムーブメントを開発・製造するスイスのラ・ジュー・ペレ社を買収した。同社はスイスの機械式ムーブメントメーカーの中でも特別な存在だ。果たしてこの買収からどんな時計が生まれるのか。この時から時計愛好家の間では、シチズンの次の機械式時計が密かに注目されていた。シチズンは日本から技術者をスイスの同社に赴任させ、技術交流を重ねてスイスの時計製造文化を学んだ。そして新しい機械式のムーブメントとモデルの開発に着手した。

今回紹介する「キャリバー0200」(2021年3月発表)は、こうした時計愛好家の期待に応えた画期的な新型機械式ムーブメントで、同社が考える時計の本質を追求した最高峰ブランド「ザ・シチズン」のために開発されたもの。シチズンが機械式ムーブメントをゼロから開発するのは2010年に発表され、「ザ・シチズン」の機械式モデル搭載された「キャリバー09系」以来11年ぶりで、時計愛好家の間で大きな話題となった。

11年ぶりに登場した完全新設計の新型機械式ムーブメント「キャリバー0200」

シチズンは「ザ・シチズン」を「腕にまとうことにより充実感が感じられるアイテム」「着ける人の人生に寄り添うことができるアイテム」と定義している。これは、持つ喜びと誇りが感じられるラグジュアリー性と、一生持ち続けて使うことができるサステナビリティを追求している姿勢を表現したものだ。

そしてこの考え方はダイレクトに、ムーブメントの「キャリバー0200」に反映されている。現代の機械式モデルで最高クラスの精度に加えて審美性、つまり「外観の美しさ」を開発目標として掲げ、実現している。審美性がここまで追求されたのは、シチズンの機械式ムーブメント史上、初めてのことだろう。

サティナージュ、ペルラージュなど、シチズンとラ・ジュー・ペレ社の装飾技術を活用して一つ一つの部品が美しく仕上げられたばかりでなく、歯車の連なりをはじめ、部品が「美しく見える」配置にまで徹底的にこだわることで、ムーブメント全体の美しさが追求されている。

ネジの美しさや歯車の連なりにもこだわったキャリバー0200(左)と、フリースプラングてんぷ(右)

ムーブメントの設計思想は非常に手堅く、どの機構も考え抜かれた構造で、なるほどと感心させられるもの。調速機には精度を追求して、シチズンの機械式ムーブメント史上初めて、緩急針がないことで優れた精度と耐久性を可能にする「フリースプラング式」のてんぷを採用。このためにシチズンは新しいてんぷの製造工程を開発したという。

さらに、やはり心臓部の脱進機の部品作りには、「エコ・ドライブ」の年差±1秒モデルでも極小部品の製造に使われた最先端のマイクロナノテクノロジー、微細構造物形成技術の「LIGA工法」を採用。ナノレベルまで正確な部品作りを実現。その結果、国際標準機構(ISO)が定めるクロノメーター規格を超える平均日差−3秒から+5秒以内という機械式最高峰の高精度を達成している。

シチズン ザ・シチズン メカニカルモデル Cal.0200

キャリバー0200を搭載するレギュラーモデル。自動巻き。ケース径40mm。ケース厚10.9mm。SSケース&ブレスレット。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。5気圧防水。予価60万5000円。2021年8月発売予定。


シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807
https://citizen.jp/event2021/newproduct/index.html

日本の機械式時計の未来がここに

設計思想は違うが、どちらもこれまでのイメージを乗り越えて、世界最先端へと大きく飛躍した機械式ムーブメントであり機械式時計だ。

しかも、どちらのムーブメントもクルマで言えば「プラットフォーム」となる基幹ムーブメントだ。ここから日本の機械式時計の新しい未来が始まる。

Text by Yasuhito Shibuya