趣味として古今東西の骨董品を収集している中村孝則氏。本コラムでは、400年ほど前に中国でつくられていた陶磁器「呉須赤絵」の大皿についてつづる。

趣味として古今東西の骨董品を収集している中村孝則氏。本コラムでは、400年ほど前に中国でつくられていた陶磁器「呉須赤絵」の大皿についてつづる。

直径39cm、重量は優に2kgを超える大皿

正直に申し上げれば、「呉須赤絵」の魅力というのが、最近までよく分からなかった。むしろ、陶磁器の中では、あまり好きなジャンルではなかった。

「呉須赤絵」というのは、今から400年ほど前に、中国の明王朝時代の末期に、今の福建省あたりの漳州窯(しょうしゅうよう)で焼かれた陶磁器である。“赤絵”と呼ばれているが、赤色だけでなく、緑、青、黄色、紫などの色釉(いろぐすり)を用いて上絵を描いているので、実際には色絵という方が正しいかもしれない。しかし、この濃い赤色が当時は鮮烈な印象だったために、赤絵と呼ばれるようになったのであろう。

しかし、私は熟した柘榴(ザクロ)の実のような、深く艶(なまめ)かしいこの赤色が、どこか精神をそわそわさせる感じがして、苦手であった。下地にぼってりと塗られた乳白の釉薬(うわぐすり)も、青みがかったコンデンスミルクのようであり、胃腸の検査で飲まされたバリウムのトロみのようでもあり、とても触手が伸びるような物には思えなかった。

多くの作品を同時に作ったためだろうか、絵柄も走るような筆致でデフォルメがされて、ちょっとおどろおどろしい。少なくとも、のちにその影響を受けて日本の有田で作られた、柿右衛門様式の繊細にして優美な色絵磁器や、さらにそれを真似てドイツのマイセン窯で作られた玲瓏洒脱な色絵の作品とも趣がまったく違うのである。

それでも、歴史の中での「呉須赤絵」の存在には興味を持っていた。明末といえば、豊臣秀吉がいまの佐賀県に名護屋城を築城し、朝鮮半島から明を攻略した「文禄・慶長の役」の時代である。当時、秀吉の出兵に関しては博多の神屋宗湛を筆頭に、豪商たちがバックアップしていたのはよく知られている。

この出兵は単なる武力制圧ではなく、彼ら豪商たちが明や朝鮮半島の陶磁器や製法の秘密、あるいは陶工の技術を手に入れることでもあった。この「呉須赤絵」も、当時の日本人たちの憧れの器の一つであったのだろう。実際に「呉須赤絵」の器類は、ほとんどが日本に渡っていて、現在の中国にはあまり残っていないという。 

そんな「呉須赤絵」を買う気になったのは、知り合いの店で、偶然にこの器に出合ったからである。直径は39㎝もあり、重量も優に2kgを超えている。ご覧のように青みがかった乳白釉が表裏にたっぷりと掛かり、赤絵で牡丹のような花と、モティーフは何だか分からないが、空飛ぶクラゲのようなものが描かれている。皿の見込みには、青緑の釉薬で鵜のような鳥が4羽と、デフォルメされた龍が二匹描かれている。エッジ部分は数多くの共直しと、大きな金継ぎの直しがされている。いやはや、これはなかなか迫力の品ではないか。

しかも、その迫力に比べれば拍子抜けするほど手頃な値段であった。店の人の説明によると、近年は中国のコレクターが、景徳鎮のような自国の陶磁器を日本で買いあさり、古いものは高値で取引されているが、「呉須赤絵」はあまり、というかまったく人気がないという。しかも、彼らは完品を上等とする傾向があり、このように直しや金継ぎが多いものは「キズモノ」扱いで評価が極端に下がるという。大きくて重い皿モノは、日本の高齢のお数寄者も扱いにくく、敬遠されがちなのだそう。

観賞用ではなく料理を盛るための器

私はこの数年の間に、茶事に参加するようになり、茶懐石を頂く機会が増えてきた。茶懐石の器は、黒い漆の折敷(おしき)や碗をはじめ、全体的に地味で渋い色合のコーディネーションになる。しかも茶室は仄暗い場合が多い。その中で、焼き魚などが「呉須赤絵」に盛られて登場すると、場がパッと華やぐことを知るようになっていた。

「呉須赤絵」は観賞用ではなく、そもそも料理を盛るための器であり、用の美の中にこそ、その存在価値を発揮するのであろうと、ようやく気がついたのである。かつて料理を習った「和幸」のご主人の故・高橋一郎さんの名著『傳 茶懐石』(婦人画報社)を読み直せば、焼き魚と預鉢に「呉須赤絵」がちゃんと使われている。

実際に私も、料理や茶会でこの皿を使ってみて驚いたのが、赤い色の食材と相性が抜群にいいことだ。キンキや金目鯛など、皮が赤い魚も映えるし、茹でたカニやエビの赤は、さらに旨そうに引き立てる。まだ試していないが、伊勢海老の料理などを載せても、迫力がでるだろうなと思っている。

 中国の美食の名著に『随園食単』(岩波文庫)がある。この本は著者の袁枚(1716〜1797年)が、70歳を超えて編纂した中国料理を代表する美食本である。本の予備知識編にはこのような記述がある。

—諺にいう「女を相(みた)てて夫に配(めあわ)すと。『礼記』にいう「人を比べるには必ず同類と比べる」と。料理の法もこれと変わりはない。およそ一物を烹(に)るには必ず輔佐(ほさ)を求める。要は淡泊なものには淡泊なものに配し、濃厚なものには濃厚なものに配し、柔には柔に配し、剛には剛に配してこそ、和合の妙はあるのである—(原文のまま)

これは、料理に関する格言のようなものだが、器と料理の相性でも参考になるのではないだろうか。ならば、この「呉須赤絵」の濃厚で豪気な赤い器には、赤くて濃厚な料理であれば、ジャンルに囚われず和合するのではないだろうか。熟したトマトで作ったパスタ料理とか、ブイヤベースとかボルシチとかケジャンとか。そうなると赤い妄想と食欲が俄然湧いてくるのである。いずれにせよ「呉須赤絵」の皿は、日常使いでガンガン使い倒すのが、この物を活かす愉しみ方ではなかろうか。欠けたり割れたりしたら、また直して使えばいいのである。

Text by Takanori NakamuraPhotographs by Masahiro Okamura