世界有数の金属加工産地である新潟県・燕市。この地で“鎚起銅器(ついきどうき)”と呼ばれる伝統工芸品を、200年以上作り続けている「玉川堂(ぎょくせんどう)」。無形文化財の鎚起銅器を生み出す職人技に触れ、使い込むほどに風合いを増す美しさを見つめる。LEXUS UX300eとともに次世代にも受け継ぎたい日本文化を感じる旅へ。

世界有数の金属加工産地である新潟県・燕市。この地で“鎚起銅器(ついきどうき)”と呼ばれる伝統工芸品を、200年以上作り続けている「玉川堂(ぎょくせんどう)」。無形文化財の鎚起銅器を生み出す職人技に触れ、使い込むほどに風合いを増す美しさを見つめる。LEXUS UX300eとともに次世代にも受け継ぎたい日本文化を感じる旅へ。

燕の土地、200年にわたって銅器作り一筋に

趣のある和風建築、入り口に一歩足を踏み入れると奥の方から聞こえるカンカンという金属をたたくリズミカルな音。高い音、低い音、そのたたく速さもさまざまで、時折共鳴したかと思えばまた一つひとつバラバラに響く。これは、玉川堂の職人たちが鎚(つち)で銅をたたき、器を仕上げている音。高い天井に響く音は、長い年月にわたりここで奏でられている。

工場内の鍛金場(たたき場)では職人たちの姿が見学できる

玉川堂は1816年の創業以来、200年以上にわたって銅器作り一筋に歩んできた。幾時代の風雪を乗り越え、燕の土地に育まれた鎚起銅器の技を継承している。鎚起とは、一枚の金属素材をさまざまな種類の鎚と当て金(あてがね)を使い、打ち延べたり、打ち縮めたりすることで製品を作り上げる伝統技法。江戸時代に銅山が活況となった燕一帯に起こった産業で、1981年には当時の通商産業大臣により伝統的工芸品の指定を受けた。

築約100年、国の登録有形文化財に指定されている玉川堂の建物。奥の工房には、カンカンと音を奏でながら、畳の部屋で黙々と仕事に打ち込む職人たちの姿があった。

燕三条駅から10分ほどクルマを走らせると、すぐに玉川堂の建物が見えてくる。趣ある日本家屋に、UX300eのモダンな姿が映える

新潟県の中央部に位置する弥彦山はもともと銅山としてこの地に豊かな量の銅をもたらし、燕三条の金属産業を支えた。そこで採掘される銅を使って先人たちは銅器を作り、燕三条に銅器作りが栄えていった。その中でも、玉川堂の銅器の特徴は色。世界中にさまざまな銅器産地があるが、このような着色は他にはない。夕焼けを思わせる鮮やかな紅葉色の「宣徳(せんとく)色」、緑がかった黒い色の「紫金(しきん)色」、品のある高貴な質感と桃色で甘美な色彩の「銀色」などその表情はさまざま。

「表現できる色が9色で、それに強く磨く部分をつけるなど表面にさまざまな表情を持たせることができます。加工は200年以上前の創業当時から変わらない工程ですが、紫金色は大正時代、作業中に偶然にも銅器にスズが付着したために発見された色合いです」と番頭の山田立氏。

錫をメッキ仕上げしている工程。地元では金付けと呼ぶ作業
叩いて固くなった銅を熱して、組織を軟化させ加工しやすくする
打ち延ばしの工程

玉川堂の商品で人気なのは、やかんや急須。創業以来、その時代で求められるアイテムや色は変化しているが、一枚の銅板から継ぎ目なしで銅器を仕上げていく伝統技は確かに継承されている。作品によっては制作に数カ月かかることもあり、一つひとつが職人の手作業で作られる銅器は魂が込められた一点物。最初から最後の工程まで同じ職人が手がけるからこそ、職人ごとに形状や色合いの個性が表れるのも魅力だ。

金「鎚」で、打ち「起」こしながら、器を作り上げていく鎚起銅器は、縮めるのも丸めるのも職人の勘だけにかかっている。寸法は全て職人の頭の中にあり、いつたたくのをやめて完成とするのかも職人のみぞ知るところ。

銅器を叩いて仕上げている様子
仕上げを待つ銅器。それぞれの職人が完成の時を決める

工房には、銅器を縮めたり、丸めたりする時に使用する道具、鳥口(とりくち=鉄棒)がずらりと並んでいる。職人たちは一つの作品を作る過程で、200種類以上の鳥口と、300種類以上ある金鎚から数十種類を使い分けているという。

微妙に角度や大きさが違う鳥口を、作るものに合わせて選ぶ

職人の技を次世代に受け継いでいく

工房で作業する職人たちを見ていて気づいたことは、全体的に若い人が多いこと。玉川堂には、毎年50人を超える学生から就職の応募があるのだという。玉川堂では燕鎚起銅器の技術を次世代につなげるため、他に先駆けて工場見学やワークショップを行っている。銀座に店舗を出店し、月に一度は職人たちが店で職人技を見せる機会を設けている。

「この技術を次の世代にバトンタッチしていきたいという思いがあります。職人たちの仕事を知っていただくことによってこの数年で職人が若くなってきています。玉川堂で働く鎚起銅器職人は現在17人。そのうち7人は女性で、平均年齢は34歳です」と伝統工芸の世界で見てみると圧倒的に平均年齢が低い。

「界隈の他の工房の努力もあり、玉川堂だけではなく、金属加工産業といえば燕三条として町全体の魅力が高まっているように感じています。20軒以上が工場見学を受け入れていて、町工場が観光資源になっていることをここ数年で感じています」と山田氏。

「ぜひこの工場に来て職人たちが銅器を作る姿を見て、たたく音を聞いていただきたい。それによって道具に対しての愛着を感じ、大切に使っていただくきっかけにもなると思っています」

玉川堂のコーポレートスローガン「打つ。時を打つ。」

玉川堂は、銅器を扱っているのだが、道具としての銅器を提供しているだけではない。使うほどに輝きが増し、色が変化し続ける銅器は買った瞬間が全てではない。使う人が日々手で触れ、生活の中に存在することで味わいが増し育っていく。そんな目に見えない価値が愛おしさを増幅してくれるのだ。

玉川堂の工房入り口にある流しには、昔から使われ美しく経年変化した銅のたらいが現役で活躍中だ

「銅器という道具を通してゆったりした時間を過ごしてもらいたいと願っています。私たちは銅器を売っているのですが、それだけではなく銅器との時間をお届けしているのだと思っています。お客様に育てていただき、また壊れたら修理して使っていただく。経年変化も楽しんでいただきたいです」

コロナ禍に入り、家での時間が増えたことで銅器の修理依頼が増えているそうだ。やかんの空だき、茶筒を落としてできたへこみなど、大体の破損は工房で修理可能だという。

「修理しながら道具を長く大切に使い続けるのは日本の大事な文化だと思います。銅器を通して長い時間軸を大事にする文化をお伝えできればと願っています。“打つ。時を打つ。”というコーポレートスローガンがありますが、そこにはお客様が時を刻むという意味合いも込められているのです」

建物が国の登録有形文化財に指定されている玉川堂

銅は非常に熱伝導が良いので、鎚起銅器のやかんでお湯を沸かすと、すぐにお湯が沸騰し、さらに水を入れたままでもさびることがない。実用性の高さも魅力の一つであり、大切に使い続ければ半永久的に使えて、さらに美しさを重ねていく。銅器は表面がデコボコとしていながらも美しい光沢を放ち、手触りは驚くほどなめらか。銅素材ならではの経年変化により、長年使い込むほどに風合いを増し、使うものの愛着が深まる器だ。

話を聞きながら、銅のやかんで沸かした湯と、銅の急須で入れたお茶をいただいた。まろやかで優しい、心に染みる茶の味だった。

使うほどに艶や味わいが増す“生きた器”

燕三条の玉川堂を後にしてクルマを走らせること約30分、日本海側最大の平野 、越後平野の西端にそびえ立つ弥彦山に着いた。弥彦山頂までを結ぶ全長16.8kmの風光明媚なドライブコース、弥彦山スカイラインをUX300eで走りながら、かつて燕三条に銅をもたらした歴史を想う。BEV(電気自動車)ならではのなめらかで静かな走りに包まれ、緑豊かな弥彦山からの爽やかな眺めをゆったりと堪能した。

玉川堂
https://www.gyokusendo.com/

Text & Edit by Eri KoizumiPhotographs by Maruo Kono