『海上自衛官が南極観測船「しらせ」で学んだ きつい仕事に潰されない人のルール』(泊 太郎著、秀和システム)の著者は、海上自衛隊に勤務していた経歴の持ち主。2014年には南極地域観測協力行動に抜擢され、「砕氷艦しらせ」に乗り込んだことがあるのだそうです。同年度は142日、翌年度は151日間にわたり艦上生活を送ったというのですから、ハードワークが容易に想像できます。

「しらせ」は、海上自衛隊が運用している、南極に行く艦(ふね)です。もう少し詳しく言いますと、海面の氷を割りながら進む「砕氷艦」という種類の艦に分類されます。

目的地は「南極料理人」や「タロ、ジロ」の話でも有名な南極の昭和基地。国の関係各省庁が連携して進める、南極地域観測事業の中心となる基地です。そこに、研究者や昭和基地で使う物資、燃料を輸送するのが「しらせ」の主な任務です。(中略)観測隊の方々を無事に南極まで送り届け、帰還させるために、海上自衛官も「しらせ」乗務員として活躍しているのです。(「はじめに」より)

当然のことながら、一度出港してしまえば海の上で孤立無援。南極という極地での航海には大きな困難が伴い、上官の命令に逆らうことも許されません。そればかりか娯楽は限られ、食事のメニューすら自由に選ぶことは不可能。しかも南極滞在期間も含めると、往復で約5ヶ月。どう考えても過酷な環境なのです。

にもかかわらず、なぜ著者はそんな南極行動を2度も乗り切ることができたのでしょうか? それは「しらせ」に、キツい仕事に潰されないためのさまざまな知恵が蓄えられていたから。具体的には、「いかに手を抜くか」「いかに上司や同僚とつきあうか」「いかに楽しむか」などの考え方が重要な意味を持っていたというのです。

それらは、ビジネスパーソンの日常にも応用できるものばかり。そこで本書において著者は、「しらせ」で学んだ知恵をまとめているわけです。きょうはそのなかから、第1章「5ヶ月間閉じ込められて学んだ『ストレス』に負けないルール」をご紹介したいと思います。

自分だけの逃げ場を確保する

毎年1回、日本と南極との間を約5カ月かけて往復するということは、乗務員は約5カ月間、艦のなかに閉じ込められるということでもあります。往路と復路で1回ずつ、物資を補給するためにオーストラリアに入港する以外はずっと海の上で、逃げも隠れもできないわけです。

しかも豪華客船の優雅なクルーズとは違い、乗務員たちは過酷な仕事を強いられます。波にあおられれば揺れ、食事も好きなタイミングで摂れるわけではなく…。そんな状態が5カ月も続けば、ストレスがたまったとしても無理はありません。

しかし、そんな環境下にも、仕事から逃れ、心安らかになれる場所がひとつだけあったのだそうです。それはベッド。「しらせ」では乗務員に個室が与えられているわけではないので、ベッドが唯一のプライベート空間だというのです。

とはいえそれはホテルや病院にあるようなベッドではなく、昔のブルートレインの寝台のような、カーテンで仕切られる寝台。しかしそんな場所があることに、かなり助けられたのだと著者は記しています。

「しらせ」のような特殊な環境でなくても、仕事をしていれば、多かれ少なかれストレスは溜まるものだと思います。(中略)では、そのようにストレスが溜まった時、一番危険なことは何だと思いますか?

私は、逃げ場がないことだと思います。「逃げる」と言うとイメージは良くないかもしれませんが、これは重要なことなのです。いざというときに逃げられる場所を用意しておかないと、追い詰められて最悪の事態を招いてしまうかもしれません。(24ページより)

事実、著者が2度の「しらせ」での航海に耐えられたのも、ベッドという逃げ場があったから。ベッドなんて普通の人からすれば、逃げ場でもなんでもないでしょう。しかしそれでも、なにもないよりはずっとマシだったということです。

そんな経験をしたからこそ、もしも「逃げ場がない」と感じているのであれば、周囲をじっくり見渡して、なにかしらの逃げ場を見つけるべきだと著者は主張しています。家でも、喫茶店でも、バーでも、そこに行けば仕事のしがらみから離れることができ、自由になれる場所を確保することが大切だという考え方です。(20ページより)

我慢するより、割り切って工夫する

5カ月も日本から遠く離れた海の上を進むということは、陸地にいるときの日常生活では当たり前に存在していたものが、当たり前ではなくなるということ。特に大きいのが、海の上ではテレビの電波もスマホの電源も入らないという現実だといいます。たしかに、現代人に欠かすことのできない必須アイテムが使えない状況は、想像するだけでも大変そうです。しかし、テレビもスマホも使えないから「しらせ」の乗務員たちが潤いのない退屈な日々を送っていたのかといえば、決してそうではないと著者。

もちろん5カ月間ずっと「テレビが見たい、電話をかけたい」と我慢し続けていたのでは、いずれ精神的な限界が訪れても当然。だからこそ「しらせ」の乗務員はテレビやスマホについて我慢するのではなく、最初から「使えないもの」と割り切っていたというのです。そして、その代わりに、できることを工夫して楽しんでいたのだといいます。

たとえば著者の場合は、同期や後輩と本の貸し借りをしていたそうですが、これについては「貸し借り」がポイント。本はかさばるので、当然ながらひとりが艦内に持ち込める数は限られることになります。しかし仲間同士で本の貸し借りをすれば、冊数は仲間の人数分だけ増えるという考え方。

しかも本の貸し借りをすることで、同じ本を読んだ同期や後輩とのコミュニケーションも生まれ、新しい楽しみの発見にも役立つことに。さらにはそうしたコミュニケーションが発展し、お互いにお茶を持ってきての茶話会も自然発生したのだとか。些細なことのようにも思えますが、そうした工夫をすることで、普段陸上にいるときと同じように楽しく生活していたのだそうです。

スマホやテレビに限らず、それまで当たり前に存在していたものが使えなくなると、人はつい文句の1つも言いたくなってしまうものでしょう。

しかし、そこで文句を言っても、何の解決にならないことも多いものです。そのような場合は、ないものはないとスッパリ割り切って、気持ちを切り替え、できる範囲で工夫して楽しむ。これも、自分ではどうしようもない状況下でストレスに負けないための大切な対処法の1つです。(31ページより)

さまざまなツールが存在することを前提として暮らしている私たちにとって、これはとても大切な考え方ではないでしょうか。(26ページより)

キレそうになったら受け流す

ストレスの対処法として、著者は3つの方法を組み合わせることが有効だと説いています。1つ目は、「ストレスから逃げる」こと。たとえば、先の「逃げ場を確保する」がそれにあたるわけです。2つ目は、工夫したり笑いを有効活用したりして「ストレスを発散させる」こと。そして3つ目が、「ストレスを受け流す」こと。

ここで引き合いに出されているのが、著者の先輩の言葉。話のネタがストレスや怒りになったとき、その先輩から「キレそうになったときは、『まっ、いいか』と流すことが大事なんだよ」といわれたというのです。ストレスに対処する方法は発散しかないと思っていた著者にとって、この考え方はとても新鮮だったそうです。

そしてその後、後輩がミスをして怒りがこみ上げてきたとき、後輩を本気で怒鳴りつけようか迷いつつも「まっ、いいか、もうどうしようもならねえんだから仕方ねーよ」と口にしてみたところ、思いもかけず気持ちがスッとしたのだといいます。そして結果的に、その後輩は積極的に仕事などの手助けをしてくれるようになり、非常に助かったそうです。

「ストレスを受け流す」といっても、それは「ストレスを感じても、それを無視して感じないふりをする」という意味ではないと著者は主張しています。それだと「ストレスを我慢して抑え込む」ということになってしまうので、無理が生じても当然だということ。普通の人間は、自分の感情に逆らうことはできないものなので、それを無理して抑え込もうとしても、結局はその我慢のツケが自分自身に返ってきて、より大きなストレスになってしまうだけ。

だからこそ、まずは感じたままのことを受け入れる姿勢が必要だというのです。いきなりおおらかな気持ちになれなかったとしても問題なし。感情のままに怒鳴り散らすのは問題だとしても、「まったくもう」「ったく、なんなんだよ」と、感情をうまく吐き出すことが大切だという考え方です。

ただし、そこで終わってしまった場合、自分がスッキリできたとしても、相手にストレスを感じさせてしまう可能性があります。だとすればそのこと自体が、自分にとっての新しいストレスになってしまうかもしれません。そこで、「まっ、いいか」という言葉と一緒に水に流すことが大切だというのです。(43ページより)

海上自衛官というハードな職務を経験してきた人物であるだけに、著者の言葉には大きな説得力があります。しかし決して堅苦しくなく、適度に肩の力が抜けているだけあって、気負わずに読み進めることができるはず。日常の仕事でストレスを感じている人は、本書から多くの気づきを得ることができそうです。