『世界標準の子育て』(船津 徹著、ダイヤモンド社)の著者は、日本の金融会社、幼児教育の会社を経て、英語教材制作会社を立ち上げたという人物。その後アメリカに移住し、現在はホノルル、ロサンゼルス、上海で英語学校を経営しているのだそうです。

これまでに預かってきたアジア諸国出身の子どもたちは、のちにハーバードやイェールなど世界の難関大学に進学し、グローバル企業に就職して世界的に活躍中。しかし彼らは最初から優秀だったわけではなく、誰もが一度は「競争の壁」にはばまれ、挫折や自信喪失を経験しているのだといいます。では、どうやってそれらを克服してきたのでしょうか?

その時支えになるのが、困難に負けない「強い心」です。強い心は、子どもが勝手に身につけるものではありません。育て方によって身につく、後天的な資質なのです。(「はじめに」より)

そこで本書においては、学問的な理論をベースにしながら、多くの親御さんがぶつかる子育ての壁や、「こういうときはどうするべきか?」という実践的な内容を盛り込んでいるのだそうです。

ちなみにタイトルにもなっている「世界標準の子育て」の根幹となる3つの条件は、「自信」「考える力」「コミュニケーション力」。きょうは、基本中の基本というべきその3つについて解説した第1章「『世界標準』の子育て3つの条件」に焦点を当ててみたいと思います。

第一の条件「自信」

子育ての3つの条件のなかで、もっとも大切なのが「自信」。子どもの自信を強くすることができれば、子育ては90%成功したといっても過言ではないと著者は主張しています。「自分はできる!」という自信が、環境の変化にもへこたれない、挫折もバネにできるタフネスの源になるというのです。

性格的にも、「自分はできる!」と心から信じられる子は、勉強、スポーツ、人間関係に積極的で前向きになるもの。いいかえれば、新たな環境へのチャレンジをおそれることのない、「勇気」と「根性」に満ちあふれた子どもに育つということ。

ただし集団の秩序や礼儀を重視する日本においては、この自信が育ちにくいとも著者はいいます。自信の源泉は、子どもが自分の意思でものごとに取り組んだとき、「自分の力でできた!」という成功体験に基づいて生まれるもの。だとすれば、子どもの自主性を尊重し、子どもがやりたがっていることをやらせてあげなければならないわけです。

ところが「他人に迷惑をかけないこと」「集団のルールを守ること」を重んじる日本の子育てでは、子どものやりたいことを自由にやらせるよりも、子どもの行動を制限しようとする場面が多いというのです。

もちろん、公共の場や集団でのルールを教えることは大切。しかし、親が過剰に周囲の目を気にして「あれしちゃダメ!」「これしちゃダメ!」と子どもの行動を制限していると、「自信育て」においてまずい結果を招くことになるというわけです。

たとえば、2歳児が一生懸命コップで水を飲もうとしているのを親が手出しして飲ませてしまう、ということがあります。このように、子どもが自分の意欲でやろうとしていることを親が先取りする行為を「過干渉」と言います。

過干渉は必ず子どもからやる気を奪い、自信を減退させます。(19ページより)

これは子どもが何歳になっても同じで、親は「手出し・口出し」したい気持ちをこらえ、子どもを見守ることが大切。自信を育てるためには、自主性を尊重して自由に行動させることが必要。「自由と制限」、この2つをバランスよく与える子育ての実践が、親には求められるということです。

もちろん、子どもの生命の安全のための干渉は必要です。そこで、どこまでが必要な干渉で、どこからが過干渉になるのかを親はしっかりと見分け、子どものやる気をつぶさないように配慮することが大切なのだそうです。(18ページより)

第二の条件「考える力」

現代社会においては、医療やテクノロジーはもちろん、ダイエットから子育てに至るまでのさまざまな分野で、日々新しい発見や検証がなされ、それまでの常識を覆すような事柄が次々と生まれています。それは、グローバル社会の宿命。

だからこそ変化の激しい時代には、自分で考えて判断する力が強く求められるということ。情報を見極める力、常識を疑う力、未来を予測する力、多面的に考える力、自分の思考を検討する力など「考える力」が育っていなければ、氾濫する情報や社会の変化に振り回される人生を送ることになってしまう可能性があるのです。

キャリアの面を考えてみても、ご存知のとおり「一生懸命勉強して、いい大学に入り、いい企業に就職する」という考え方は通用しなくなってきています。そこで子どもたちは、これまでの常識や価値観のなかで生きるのではなく、自分の人生を自分の力で開拓しなければならないということ。自分の強みを知り、「どんな人生を歩みたいのか」「それを実現するためにどう行動すべきなのか」の答えを得るために、「考える力」が必要になるということです。

しかし、日本の学校教育の主流は知識の詰め込みであり、答えが決まっている問題の解き方指導に終始しているだけに、「考える力」が十分に育ちにくいのも事実。知識はもちろん必要だけれども、「知識をどう活用するか」「答えのない問題をどう解決するか」ということを「考える力」の育成こそがより重視されるべきだと著者は訴えています。

日本の学校教育のように数値で評価できる知識や技術を「ハードスキル」と言います。一方で明確に数値化できない技術や能力を「ソフトスキル」と言います。すなわち、論理的思考力、分析力、批判的思考力、問題発見力、問題解決力など、「○×テスト」で評価することが難しいスキルのことです。(24ページより)

いま、世界の学校教育の主流は「ソフトスキル」に移行しつつあるのだそうです。教科書を読めばわかる知識を教えることより、答えのない問題にどう取り組むべきか、考える技術を教えることが、学校の役割だと考えられているということ。つまり今後は、これまでのように「ハードスキル」を育成するだけでは不十分。時代の変化に対応していくためにも、人生で自由や快適さを手に入れるためにも、「考える力」が必要になってくるということです。(22ページより)

第三の条件「コミュニケーション力」

これまで日本の子育てにおいて、3つ目の条件である「コミュニケーション力」が意識されることはほとんどなかったのだそうです。わざわざ子どもにコミュニケーションの仕方を教えなくても、日本人同士であれば言葉や価値観を共有できて当然だと思われてきたから。

しかし、外国人の観光客や労働者も増えてきた現代においては、そうとはいいきれないでしょう。日本人同士であっても、育ってきた地域や文化、世代や性別によって違った価値観があってもいいではないか、もっと多様な生き方を認める社会を実現すべきだ、という流れが出てきているわけです。

どんな仕事をしていても、どんな地域に住んでいたとしても無関係。時が経つにつれて、今後も多様な文化や考え方が生まれ続けていくことが予想されるのです。そしてそういう状況下では、コミュニケーション力がなければ、「意思疎通ができない」「人間関係をつくれない」「仕事がスムーズにいかない」など、多くの障害が生まれてくるもの。

だからこそ、人生の選択肢を広げていくには、いつ・どんな環境になったとしても、周囲の人たちと信頼関係をつくるためのコミュニケーション力が必要だという考え方。

とはいえ、コミュニケーション力を難しく考えることはありません。

一つひとつのアクションは単純なもので、親が子どもの手本となって教えればいいのです。

たとえば、「相手の目を見て笑顔であいさつする」。世界では、笑顔は「自分は危ない人ではありません」というアピールであり、コミュニケーションの基本です。(26ページより)

その他、「相手の目を見て話をする」「自分の考えを正確に伝える」「人の話を最後まで聞く」など、人づきあいのルールを教えるのも親の役割だと著者は記しています。(25ページより)

こうした考え方を軸に、以後の章では年齢ごと、そして段階に分け、子育ての方法を具体的に解説しています。ただし、著者も記しているように、本書は子どもをエリートにするための本ではありません。提示されているには、「この先どんな環境になったとしても、子どもたちがたくましく、希望を持ちながら自分らしい人生を生きていってもらうために、私たちはなにをしてあげられるか」という考え方。たしかにそれは、なにより大切なことなのではないでしょうか?