この本を書くきっかけとなったのは、私たち家族に突然訪れた、親(私にとっては義父母)との同居という出来事でした。2016年の3月に、今まで同居していた親族が親の家を出ていくこととなり、急遽、私たち4人家族が、空いた二世帯住宅に引っ越すことになったのです。

これまで夫の仕事の都合で引越しが多かったこともあり、我が家は子どもが生まれてからもずっと地方都市(大分市、福岡市)での賃貸暮らしを続けてきました。そんな「核家族万歳!」のミニマリストだった私にとって、今回の同居は、まさに青天の霹靂(へきれき)でした。

「まさか自分が、田舎で義父母と同居することになるとは…」——1年ちょっと前の自分がこの状況を見たら、きっと驚いていると思います。(「はじめに」より)

同居に至るエピソードをこう振り返るのは、『ミニマリスト、親の家を片づける』(やまぐちせいこ著、KADOKAWA)の著者。「モノを持たない暮らしを実践するミニマリスト」を自称する人物であり、本書は「本当にモノが多い親の家を片づける技術」をまとめたものです。

とはいえ、この親の家の片づけで著者がしたのは「モノを捨てた」ことだけなのだといいます。しかし、ただモノを捨てただけなのに、義父母の人生、著者の家族の人生、その両方が驚くほど変わったのだそうです。

親の家を片づけてみて、「汚い部屋には必ず、汚い部屋になった理由がある」ということがわかったと著者はいいます。モノが捨てられない親にも「捨てられない事情」があるのに、「人」のほうを無理に変えようとしてもうまくいくはずがない。でも、まずは一緒に「モノ」を捨てて一緒に「部屋」を片づけるだけで、少しずつ親との関係が変わっていくというのです。

では、実際に片づけを成功させるためにはどうしたらいいのでしょうか? そんな本書の第2章「ミニマリスト流 親の家の片づけ5原則」から答えを探してみましょう。

原則1:捨てるが先、考えるのは後

親の家を片づける事情は、家族の数だけ存在するもの。話し合うべき内容、あるいは親の性格も千差万別ですが、片づけ方にはどの家庭にも使える「原理原則」があるのだと著者はいいます。そして、まずひとつ目の原則は、「捨てるが先、考えるのは後」。当たり前なことのようにも思えますが、汚部屋がなかなか片づかない家は、これができていない場合が多いのだそうです。

よくあるのが、「どんな暮らしをしたいか?」というプランニングを親と話した結果、かえってモノを増やしてしまうケース。わかる気もしますが、捨てることは物事の優先順位を決めることだと著者は主張しています。捨てて捨てて捨てて…その先に残ったものこそが、その家に本当に必要なもの、その家の価値観に合ったものだということ。つまり極限までモノを捨てると、おのずと自分の部屋のスタイルが決まってくるということだともいえます。(70ページより)

原則2:片づけの「終わり」を具体的に決める

「捨てるが先」という優先順位を必ず守る一方、「最終的に、どんな部屋、暮らしを目指すか」というゴールは具体的に決めておく必要があるそうです。そうしないと捨てすぎてしまったり、逆に「結局はなにも片づけられなかった」という残念な結果になりかねないというのです。ちなみに著者の家の場合は、次の4つを最終的なゴールにしたそうです。

1. 別居している義母を家に帰す(そのために、亡くなった祖父の家を片づける)

2. 私たち家族が二世帯住宅に住めるようにする

3. 人を呼べる家にする

4. 家族みんなで、庭でバーベキューをする

(73ページより)

一方、片づける前の家には次のような現実が。

1. 家がモノであふれ、義母の居場所がなく別居していた(亡くなった祖父母の家は2年間放置)

2. 引越しの荷物が運び込めないほど、先住の親族のモノが残っていた

3. トイレが汚いことを嫌がって、孫や近所の人があまり寄り付かなくなっていた

4. 庭にモノがあふれていたため、バーベキューの道具を出す場所がなかった

(74ページより)

親と一緒にゴールを考えるときには、言葉の定義をあいまいにしないことが大切だといいます。たとえば「お父さん、お母さんが安全に暮らせる」だとNG。安全に対する考え方は人によって違うので、どこまで片づけるかが不明瞭。「お父さん、お母さんが安全に暮らせる家にするために、玄関の床にはなにも置かない」など、ゴールが具体的であればあるほど、片づけの「終わり」も明確になるという考え方です。(73ページより)

原則3:「モノごと」ではなく「部屋ごと」に片づける

自分の家を片づけるときなどは、書類は書類、服は服というように「モノごと」に片づけるのがいちばん合理的。しかし親の家の場合、「モノごと」の片づけは向かず、「部屋ごと」に片づけるべきなのだといいます。理由は2つ。

・親の家は、生活しながら片づけなければならないから

・親の「安全、健康」を考えると、玄関、トイレのような生活導線の確保が必須だから

(76ページより)

モノごとに片づけるとしたら、あらゆる場所にモノがあふれかえり、高齢の親にとっては危険。そこで、1部屋ごとに片づけを「完了」させていくことが重要だというのです。なお優先順位としては、「親との話し合いが少ない部屋から」「重要な生活導線となっている部屋」から手をつけていくべきだそうです。

それから、親の家を片づけるときに優先すべきなのが「親の安全にかかわる場所」「親の健康にかかわる場所」。高齢の親だからこそ、これは重要なポイントになるわけです。また、「安全、健康」を最優先することは、親にモノを捨てる理由を説明するときにも有効。「どうして擦れるの?」「捨てたくないよ!」といわれたときに、「いまのままだと危険だよ」と伝えれば親も納得してくれるということです。(76ページより)

原則4:捨てるが先、「ホットスポット」は触らない

親の家の片づけのいちばん大変なところは、親との「話し合い」が発生する点にあると著者。「ゴミ」の定義は人によって違うので、よかれと思って捨てたモノが原因で関係が険悪になり、作業がストップしてしまうということもありうるわけです。

子の立場からすると「明らかなゴミ」でも、いきなり捨ててはいけないモノもあるわけで、著者はこれを親の「ホットスポット(いいかえると地雷原)」と呼んでいるそうです。ホットスポットにはモノが大量にあるので、あえて後回しにすべき、最初にこの地雷を踏んでしまうと、せっかく芽生えた親の「片づけよう」という気持ちが一気に萎えてしまうといいます。なおホットスポットには、次の3つの特徴があるそうです。

1. 親が迷わず「捨てたくない」という

2. 同じモノが大量にある

3. 人生に通じるモノがある

(83ページより)

では、具体的にどうしたらいいのでしょうか? ホットスポットのモノをどうするかに答えはないものの、著者は基本的に、親がなくなるまでそのまま置いておくことを勧めています。なぜならホットスポットのモノを片付けて一時的に問題が解決したとしても、引き換えに別のなにかーー親の暮らしの潤い、生きがい、人生の足跡などを奪うことになってしまうから。(82ページより)

原則5:「美しい部屋」より「わかりやすい部屋」をつくる

60〜70代の親世代は若くてアクティブな人が少なくありませんが、体には少しずつ衰えが現れてくるもの。そこで、親の家のインテリアや収納を、子ども世代の常識で考えないことも重要だといいます。

大切なのは「美しい部屋」へのこだわりを捨て、「わかりやすい部屋」にすること。見た目のこだわりを手放し、認知能力が低くなっても暮らしやすいこと、家族全員がモノの位置を把握できることを重視すべきだというのです。

そして、わかりやすくするためのテクニックは、家のなかのあらゆるモノを可視化すること。中身が見える収納用品を使ったり、ラベリングをしたりすることで、「誰が見てもわかる」部屋、収納をつくることができるというわけです。隠す収納とは正反対なので、見た目はごちゃごちゃしているものの、親の「安全、健康」を優先することが目的なので、この原則が重要だといいます。(87ページより)

「散らかった親の家をなんとかしたい」という思いを抱いている人は、決して少なくないはず。しかし現実的に、価値観の異なる人間を説得することはそれほど簡単なことではないでしょう。でも本書からヒントを見つけ出すことができれば、片づけを成功させることができるかもしれません。