今回ご紹介する言葉は、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの『自省録』から引用したもの。アウレリウスが苦痛や不快の克服について書いている数多くの事例の1つです。

すべての苦痛の際には、つぎの考えをすぐ念頭に浮かべよ。すなわち、これは恥ずべきではないということ。また、君の舵を取る精神を損なうものでもないということ。なぜなら、精神はそれが理性的であるかぎりにおいて、また社会的であるかぎりにおいて、これによって損なわれるものではない。さらに、非常に大きな苦痛に際しては、エピクロスの言葉をもって君の助けとせよ。いわく、“(苦痛は)耐えられぬものではなく、際限のないものでもない。” ただし、苦痛の限界を念頭において、これに自分の想像を加えぬことを前提とする。また、次のことも記憶せよ。多くの不快事は、一見そうではないかもしれないが、実際は苦痛同然のものである。たとえば睡気、暑気、食欲不振。以上のいずれかのために不機嫌になった場合には、自分にこう言い聞かせると良い。私は苦痛に降参しているのだ、と。

Marcus Aurelius, Meditations 7.64

その意味

体の痛みや、眠気、空腹、暑さ、寒さなどの不快感と、理性的な精神とを混同してはいけません。心地の良くない感覚があるからといって、そこにフォーカスしなければならない理由はないのです。アウレリウスは、こうしたさまざまな「痛み」は耐えるべきものであり、不快な感覚が永遠に続くわけではないことを指摘しています。不快感や痛みを誇張しないようにしてください。ただの「もぐら塚」を山にしてはいけません。

公平を期すために指摘すれば、アウレリウスのこの言葉はエピクロスの古い格言を引用したものです。しかし、その引用のおかげで、メッセージはより伝わりやすくなっています。アウレリウスは精神と肉体の二重性を信じていました。心と体という別々のものが、調和して働いているという考え方です。アウレリウスはこの引用のなかでも、不快感を抱えているときは、そのことを思い出せと訴えています。体に何らかの感覚があるからといって、それを精神にまで感染させる必要はないのです。

学べること

端的に言えば、あなたの「肉体に優る精神」あるいは、「タフなメンタル」を思い出せということです。意識や思考が、体の感覚から大きな影響を受けていることに気づいたら、「私は苦痛に降参しているのだ」と自分に言い聞かせてください。不快感にあなたの存在全体を支配させてはいけません。あなたの全体に対する主導権を精神の手に取り戻してください。

もちろん、不快感をもたらすものに対処してはいけないという意味ではありません。痛みはとにかく我慢するに限る、ということでもありません。この引用は、自己洞察について語ったものです。いかなる状況にいても、泣き言や不平を垂れ流したり、相手にイラだちをぶつけたりすることが、誰の得にもならないことを、思い出させようとしているのです。

ソファにつま先をぶつけたとき、ソファにあたっても意味はありません。疲労や空腹を感じているときに、大切な人へ不満をぶつけても事態は改善しないでしょう。寒い時に、「寒い寒い」と言い続けてもどうにもなりません。寒いのなら、ジャケットを着ればいいのです。気を強く持ち、忍耐を学び、主導権を理性的な精神の手にゆだねましょう。

Don't Let Unpleasant Sensations Take Control of Your Mind | Lifehacker US

Image: Graeme Churchard/Flickr via Lifehacker US

Reference: Wikipedia1, 2