巨匠マーティン・スコセッシが遠藤周作の原作を映画化した『沈黙−サイレンス−』(2017年)に、日本人キャストとして重要な役を演じ、その個性と存在感を世界中に示した、俳優・窪塚洋介。7月22日から「シネ・リーブル梅田」ほかで公開される新作映画『アリーキャット』では、なんとミュージシャンのDragon AshのKjこと降谷建志と共演。自身の音楽活動を含め、いま充実した仕事を見せる彼に話を訊いた。

取材・文/春岡勇二 写真/バンリ
ヘアメイク/LE’CIL&CHICO hiroko yamaguchi

「これはやった方がいい作品なんだろうと」(窪塚洋介)

──資料では、窪塚さんは脚本を読んですぐに出演を快諾されたとなっていますが、これはその通りですか?

そうですが、その前にある出来事があって。今回共演した(降谷)建志くんとは、20年前から知ってはいたんだけど、ニアミスばかりでちゃんと顔を合わせたことがなかったんです。なんていうのかな、彼は道路の2車線向こうを走っているアメ車みたいな存在で、その間にはお互いに仲間がいて情報は入るんだけど、直接は触れ合わないみたいな。

──それは意外な印象ですね。

ところが、この映画の話をもらう2週間前に、ある人の結婚式で席が隣だったんです。そこで「オッス」って、ごく自然に挨拶して。しばらくしてから、「あれ、そういえばオレたち初対面だよね?」「ああ、そうだよね。よろしく」って(笑)。なんか昔からのツレみたいにフッと出会えたんです。そんなことがあってすぐにこの映画の話がきたので、これはやった方がいい作品なんだろうという直感もあって快諾したんです。

──そういう予兆的なことってたまにありますよね。それで、実際に脚本を読んでみてどう思われたんですか?

線路脇の二階建てのアパートに住んでるっていう設定とか、昭和の匂いが強いなと思いました(笑)。でも、その古臭さもなんか心地よい感じになっていて、この物語を自分と建志くんで紡ぐのであれば、僕らよりも上の世代の人にも、下の若者たちにも楽しんでもらえるものができるんじゃないかと思いました。

──撮影に入ってからは?

一体感があって、純度も温度も非常に高い現場でした。榊英雄監督は俳優でもあるので、出演者にすごく気を遣ってくれて、みんなの意見を聞いて採用してくれるんです。僕も意見を言うし、建志くんも言う。(市川)由衣ちゃんも品川(祐)さんも、「こうしたらどうでしょうか」って。品川さんは、自分が演技したあとで「どうかな?今の芝居、俺怖くなってたかな」って本気で周りの役者に訊いてくるし。ホントにみんなで意見をシェアする一体感がありました。

──そんななかで火野正平さんの登場は、観ていてもなにか作品が引き締まるような存在感がありました。

火野さん、声が低いんですよ。声ってその人のヴァイブレーションだから、そこに生き方とか反映されていると思うし、魅力ありますよね。火野さんも、どんどんアイデア出してくれて、それを榊監督がきちんとジャッジしてっていう感じで、みんなそれぞれ自分を出しているんだけれど、いい具合に「音」が揃っていて、そういう意味で強い現場でしたね。

──そして、この映画は窪塚さんと降谷さんのバディ・ムービーと私らは捉えているのですが、現場でもその意識はありましたか?

ありましたね。現場間の移動のときも、僕が建志くんの古いポルシェに乗せてもらっていたんですが、2人とも衣装のまま乗っていて、実際の撮影でも古い車に乗っていたので、もうなんだか撮影中とそうじゃないときの境がわからなくなってきて(笑)。お互いに呼び合うのも、劇中と同じ「マル」「リリィ」って呼んでいたし。ただ、こういう境がなくなっている感じが、きっと映画にいい効果をもたらすだろうなっていう意識はありました。

──窪塚さんから見た降谷さんの印象はどうでしたか?

ともかくピュアですよね。いつだったか、撮影中に大雪が降って、これは現場集合も難しいなってときに建志くんが荷物持ってひょいと現れて。「どうやって来たの?」って訊いたら、「電車だよ」って。「Dragon Ashが電車かよっ!」てスタッフみんなが驚いたこともあったり(笑)。彼は今も僕のことを「マル」って呼びますからね。このあと一生言われるかもしれないな(笑)。

──窪塚さんは降谷さんのことを「リリィ」とはもう呼んでいないんですね。

ええ。ぼくは俳優として20年やっていて、ひとつの現場に入っているときから、どこかではほかの仕事や次の現場のことも考えていて、切り替えもきちんとやらなきゃと思ってますから。でも、今回は特にもう「リリィ」とは呼べなくなっているんです。

「自分も今新たなステージに行こうとしている」(窪塚洋介)

──それは、どういうことですか?

僕はレゲエDeeJay(シンガー)の「卍LINE」として音楽活動もしているんですが、実は撮影が終わってすぐに、彼のスタジオに行ってレコーディングさせてもらったんですよ。というのも、撮影中に彼が「映画の現場ではこうして俺ががマルの胸を借りたから、もし音楽で力になれることがあればいつでも力貸すよ」って言ってくれていたので、撮影終わってソッコー借りに行ったわけです(笑)。そこで生まれたのが『Soul Ship feat.Kj』という曲で。そこでの衝撃もあって、ぼくにとって彼はやっぱりDragon AshのKjで、歳は一緒なんですが、学年はひとつ上の「建志くん」なんです(笑)。

──おふたりが演じられた、マルとリリィという役柄についてはどう考えられてますか?

これまでのイメージだと、自由闊達でどこか危険な匂いがするリリィの方が、僕の役だったと思うんです。僕自身、リリィは想定内というか、やりやすいというのはありましたし。でも今回建志くんがリリィをやるのなら、「受け」の芝居のマルをやろうって素直に思えました。また、ぼくのことを仕事でもプライベートでも俯瞰して視ているもうひとりの自分が「お前、もっとバランス取れよ」って言うことがあって、そいつが「今のタイミングでマルという役に出会えたのはいいことなんだぞ」と言ってる感覚もありましたね。

──「今のタイミング」というのは?

この前の作品が、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙−サイレンス−』だったということです。あの作品への出演は、やはり人生の節目になって、あれで一度、自分が更地化された感じなんです。監督が来日してプレミア上映をしたとき、大阪から東京に新幹線で向かったんですね。で、米原駅あたりで、新雪が積もって真っ白になった平原を観たとき、「ああ、俺は今こういう感じだな」って思って。なんか、それまで抱えていた様々なフラストレーションがすっかりなくなって、真っ白な自分に戻れたというか。万一、これで役者やめることになってもいいや、ぐらいの気持ちになっていたんです。

──その『沈黙−サイレンス−』のキチジロー(役名)の次に演じられたのが、このマルだったということですね。

映画としてはそうです。そのタイミングで出会ったマルという男が、過去にいろいろあったんだろうけど、今くすぶって悶々としていて、さらには諦めようとさえしている男で、僕自身がずいぶん前に抜け出してきたところにいる男だなって(笑)。もどかしく思いました。

──でも、マルもリリィと出会い、事件に巻き込まれることで一歩を踏み出すことになります。

「まだなんにも始まってねぇし」というマルのセリフが、いいなあって。男ってどこかで「オレ、ホントはこんなもんじゃないし」とか「オレはまだまだやれるはずだ」とか思っているじゃないですか。それってエネルギーですよね。マルを演じて、自分も今新たなステージに行こうとしているのを再認識しました。

──具体的には、なにをされているわけですか?

英会話やジムに通っています。これまでやりたいと思いながら、10年間、マル同様くすぶっていて。でも、やはり『沈黙−サイレンス−』のLAプレミアに参加して、赤絨毯の上を歩いたら、これはもうやらなきゃとなりました。僕にとって『沈黙−サイレンス−』がそうだったように、マルにとってリリィとの出会いが新しいステージの扉を開くきっかけになった。扉の鍵が、リリィみたいな男の形をして現れたということです(笑)。

──「過去」を持つ男が、もうひとりの男と出会い、過去を乗り越え、新たな一歩を踏み出す。バディ・ムービーの王道の展開です(笑)。かつて邦画には勝新太郎主演の『悪名』とか『兵隊やくざ』とか面白いバディ・ムービーのシリーズがありました。今なら『まほろ駅前多田便利軒』とか『探偵はBARにいる』とか。この『アリーキャット』は大人の楽しめるバディ・ムービーだと思います。シリーズ化してほしい作品です。

いいですね。僕はまだシリーズ作品に出演したことがないので、そうなったら、ぜひ、建志くんとマルとリリィを演じたいですね。