ダウンタウンの松本人志、雨上がり決死隊の蛍原徹、たむらけんじらが出演するバラエティ番組『松本家の休日』(ABCテレビ)。2014年にスタートした同番組は、お母ちゃん(松本)、お父ちゃん(蛍原)、息子・けんじ(たむら)、といった家族構成で街ブラロケをする、肩ひじをはらない内容が好評を博した。2021年3月をもって番組は終了したが、その最後を飾るDVDが6月2日に発売された。そこで今回は、蛍原、たむらに番組の裏話について語ってもらった。

取材・文/田辺ユウキ

たむら:(リモートが繋がって)ちょ、蛍原さん!久々に見たら顔、おばあちゃんみたいになってますやん!

蛍原:誰がおばあちゃんやねん!(笑)血圧が高いから、お医者さんに言われてちょっと体を絞ったんよ。血圧はきれいに下がったけど、この年に絞るとおばあちゃんみたいになるな・・・でもお前もいつかそうなるねん!

──久しぶりにお会いされたからか、世間話に花が咲きますね。

たむら:『松本家の休日』が終わった途端、みんなにまったく会えていないんです。それこそ蛍原さんなんて、あれから1回も会ってないから。みなさんとアホなことが言えなくなったのが寂しいですね。

蛍原:だから今回はこうやって久しぶりにたむけんの顔を見て、喋れてうれしい。今まで全然、たむけんのことは何も思ってなかったんやけど、今日顔を見たらものすごくうれしくなりましたね。

たむら:こうやって話をする機会も珍しいですもんね。だって蛍原さんとお話をするときは、前のお父ちゃんの話題が多かったから(笑)。

蛍原:そうやねん(苦笑)。

たむら「松本さんと飲んでるその場で番組出演が決まった」

──2014年10月、松本さんが単独で関西の番組のメインをつとめると聞いて、おふたりはどのように感じましたか。

蛍原:松本さんは関西が地元だけど、もうそのイメージがなかったですよね。だけどやっぱり、芸人として大阪で育ったから、そこに戻りはんのかなって思いました。今は東京に出た芸人が大阪に戻って番組をやる流れがありますけど、松本さんがそれをやるのは格別でしたね。

たむら:僕は、松本さん、前のお父ちゃんと飲んでいるときに番組出演が決まったんです。夜中3時半頃やったかな、松本さんが突然「そろそろ俺も大阪で番組をやろうかなって思ってる。誰と一緒にやろうかな」と言い出しはって。僕は「大阪にはオモロい若手もいっぱいいますから、みんな喜びますよ」と答えたら、「っていうか、たむけんとやったらエエかな」って。

蛍原:その場で決まったんやんな?

たむら:「お前ら、いつスケジュール空いてる?」という話になり、3人とも土曜日が隔週で空いていたんで、「ほんならそのタイミングでやろか」となって。それで松本さんから「たむけん、吉本の岡本社長に言うといてー」って。「えっ、僕が言うんですか」と思いましたけど(笑)。その後に連絡して、決まりましたね。

──この6年半の間で、たむらさんと松本さんは『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ)でも共演するようになりましたね。DVD収録の回でも、たむらさんは「昨日は局長、今日はお母ちゃん」とおっしゃっていましたけど。

たむら:局長就任はほんまにびっくりしました。『松本家』が始まるあたりから、松本さんとの距離が以前より縮まった気がしますね。それまでは、僕が大阪を拠点にしていたから接点は多くなかったんです。

蛍原「松本さんの声は『神さまの声』、ありがたかった」

──そして今回のDVDは、蛍原さんが「新しいお父ちゃん」として登場する回から始まります。蛍原さんが登場した瞬間、その場が騒然としましたね。かなり緊張しているご様子でしたが・・・。

蛍原:緊張するに決まってるじゃないですか!(笑)いや、たむけんも今だにそうだと思いますけど、僕たち世代の芸人は何回一緒になってもダウンタウンさんは緊張するんです。しかも、新しいお父ちゃんとしてのあの出方。特に登場して1回目は全然余裕がなかったです。

たむら:前のお父ちゃんとホトうちゃんはまったくタイプが違うので、どうしたら良いか分かりませんでした。でも結果的には、蛍原さんに決まって最高のキャスティングになった。だってほかに思いつかないじゃないですか。蛍原さん以外、あの場を任せられる人はおらへんかった。よく受けてくれたなぁっていうのもありますし。

蛍原:さっきも言ったように、僕らにとってダウンタウンさんは神なんですよ。松本さんの「ホトちゃんがエエんちゃう?」というのは、神さまの声。こんなにありがたい話はなかった。確かにいろいろ複雑な状況やったけど、断るとかの次元ではなかったですよ。

たむら:神からの指令ですからね(笑)。DVDにも入っていますけど、蛍原さんが松本家に来てからすぐラーメンを食べに行く回があったんです。その撮影の最中、蛍原さんがすごく緊張してはるのを感じました。いろんな気持ちもあったでしょうし、僕らとは違う緊張感のなかでやってはったのを覚えてます。

蛍原:撮影は覚えてるんですけど、そのとき食べたラーメンの味はまったく覚えてないです。番組ではいろいろおいしいお店へ連れて行ってもらいましたが、味がちゃんと分かるようになったのは番組に出始めてからだいぶ後ですね。

たむら:蛍原さんが慣れてきたの、ほんまに最後の4、5回くらいからちゃいますかね?

蛍原:まぁそうかもですね(笑)。

蛍原「『松本家』ってこういう感じでやってるんや、って」

──これもDVDに収録されていますけど、同じくお父ちゃんネタで、たむらさん演じるけんじの実のお父さんも判明しますよね。前のお父ちゃんの子ではなかった、と。

たむら:実の父親がくっきー!やった、ってやつですよね。っていうか、あれもあいつが勝手に言い出したことなんです。僕は今でも松本家の子どもやと思ってますから。「あいつ、またアホなことを言ってる」となりましたよ。そういう設定とか何も知らなかったですし、もともと番組のトークパートってフワーッとした感じでやっているんで。ほんまに完全フリートークなんですよ。

蛍原:初めて収録に参加したとき、「『松本家』ってこういう感じでやってるんや」と思いました。

たむら:やっぱり、お母ちゃんに頼っちゃうところがあるんですよね。「松本さんがおれば何とかなるやろ」って。でもほんまはそれではダメなんです。もっと前に出ていかなあかん。ただ、どうしても松本さんのトーク力を前にすると主導権を取れないというか。

──DVDの特典映像でも、天王寺でボルダリングをしていて、蛍原さんがせっかく痛い思いをしながら笑いを誘ったのに、結局は松本さんがオチを全部持っていく場面がありました。

蛍原:「切れたかもしれん!」ってやつでしょ。

たむら:でも実はあのとき、現場が一瞬凍りついたんです。「松本さん、めっちゃ怪我したんちゃうか!?」って。でも見てみたら、血は出てなかった。なんてことなかったです(笑)。

──あの天王寺の回では、みなさんが松本さんのマッチョキャラに着目していた点も見逃せませんでした。「ゴリラがいる」とイジったりして。

たむら:松本さんはものすごく懐が深いし、いろいろイジっても「あれは言い過ぎやろ」と注意されたことはないんです。確かに『松本家』が始まった頃は、考えていた部分もあります。それでもかなり早い段階で「全然大丈夫やん、何でもやらせてもらえるやん」という感じになりましたね。

蛍原:いや、でも僕のなかでは無意識に超えたらあかんラインはやっぱり引いているかなあ。何となくの感覚やけど。けど、松本さん自身は何を言われてもオッケーのスタンスやと思います。

──京都のロケの回で、たむらさんが蛍原さんに「今度、YouTubeの番組をやるんです」と話したら、蛍原さんがいろいろ勘違いしてめちゃくちゃ怒ったという裏話もおもしろかったです。

蛍原:あのときはもう、頭がいっぱいいっぱいだったので(苦笑)。だから「こいつ、何を嫌味なこと言うとんねん」という感じだったんです。

たむら:「僕が雑にイジったみたいになったんやろうな」と後々に気づきました(笑)。蛍原さんって、僕がデビュー当時から一緒に草野球とかやったりしてるけど、1回も怒ったところを見たことがなかったんです。やさしいイメージだったから、あのときはびっくりしました。「違うんです、僕がYouTubeをやるんです」ってすぐに説明しました。

たむら「コロナがおさまったら、レギュラーで戻ってきたい」

──それこそ『松本家の休日』は街ブラのロケがメインですけど、一線を超えてくる一般の方が集まってきたりはしませんでしたか。

蛍原:むしろ一般の方は、松本さんを見ると一歩引く感じでしたね。「あ、あ、ホンモンや」って空気。やっぱりオーラがすごいんでしょうね。僕の方にはおばちゃんが寄ってきて「これ、何チャンのロケ?」とか気軽に尋ねてくるけど。

たむら:番組が始まった当初はみなさん、松本さんが大阪におるとは思わなかったみたいで。まず僕に気づくんです。「おっ、たむけんが何かロケやってるやん」と。で、じっくり見てみたら「うわっ、松っちゃん!」みたいな反応が多かった。あとロケで入ったお店では、松本さんが座った椅子は聖地になると聞きます。お客さんがそこに座りたがるという。

──新型コロナの影響で街ブラができなくなり、惜しまれながら番組は終了しました。ただ、復活を心待ちにしている人は多いはずです。

蛍原:僕が偉そうに言える立場ではないですけど、復活できたらありがたいですね。

たむら:今回のDVDもファイナルと言っているけど、これからも『松本家』の夏休み、冬休み、春休みという形でやりたいと話しているんです。で、コロナがおさまったらレギュラーで戻ってきたいですね。