『M−1グランプリ』の絶対的審査員として、視聴者だけでなく、芸人からも一目置かれる漫才師・オール巨人。今年3月に上梓した『漫才論:僕が出会った素晴らしき芸人たち』でも、『M−1』について多くの文字を割いてるが、このお笑い界の登竜門をはじめ、漫才の未来について話を訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤 写真/渡邉一生

「M−1、今年は行きませんよ」(オール巨人)

──巨人師匠といえば、『M−1グランプリ』の審査員としてもはやおなじみですが、僕としては、『M−1』が始まってから風向きが変わったと感じていまして。

そのちょっと前くらいからそうだったと思いますよ。例えば、今はいろんな番組があるじゃないですか。昔はアナウンサーが司会やってたけど、今は現役漫才師を含め、漫才師上がりが多いでしょ。

──正直、『M−1』を見てると、まあ松本人志さんはいらっしゃるけど、巨人師匠の存在がひとつの杭みたいな感じがするんですよ。

そう言ってもらえるのは、うれしいんですけどね。でも今年は行きませんよ。

──前回が終わったとき、そのようなことをおっしゃってましたが。

もう行かない。こないだ、お願いのようなこと一寸言って来られたんですけど。でも向こうもアカンやろ思って、「最後の挨拶に来ました」って(笑)。

──上沼恵美子さんもそんなこと言われてます。

実は、『M−1』のプロデューサーさんが、僕のとこに来る前に「上沼さんのところにも行ってきましてね」って。いやいや、僕はもう上沼さんと約束しましたから。

──そうですか。このところ毎年のようにそういう論争になってますが、「そんなん言うてても出てくれはるんやろなぁ」って思ってるんですが(笑)。

上沼さんは「巨人さんが来てるから来てるねん」、「いや、お姉さんが来てるから僕も来るんですよ」って。まあ、そういう話。

──誰もが実力を認める大ベテランでありながら、若手の漫才にもそれなりの一家言があり、いろんなスタイルの漫才に対して博識な審査員って、なかなかいないです。認められた若手からしても箔がつきますでしょう。ぜひとも続けてほしいところですが。

なんで審査員を辞めるかって言ったら、ホンマに疲れるんですよ。もう、メッチャしんどい。それに『M−1』って、審査員も審査されるっていうところがあるでしょ。世間のみなさんに。

──そうですね。審査員のコメントがネットニュースになったり。

これは自分の勝手なポリシーなんやけど、審査の1週間前から酒を絶つんですよ。若手が真剣に漫才やってるから、僕も一番良い状態で聞いてあげたいと。

でも最近、ゲームのネタとか出てきたり、分からない話題になるときがあって。それがもうダメなんですよ。自分が分からへんのに審査したらアカンでしょ。

──あぁ、なるほど。

ほんならお前、ゲームのことを勉強してから審査したらええやん、ってわけでしょ。いやもうね、70才にもなってそれはようせんわと。そんなんもあるんですよ。それを考えるとね、(明石家)さんまはなんでも知ってて偉いなあって思いますわ。

「『M−1』はもはや新人賞ではない」(オール巨人)

──さんまさんは、マンガもアニメも全部読んでるし、見てるし、知ってるし。

『さんまのお笑い向上委員会』でも『ホンマでっか!?TV』でも、よう知ってるでしょ。いや、さんまはホンマにすごい。記憶力もね。紳助もめちゃくちゃ細かく、いつ、どこで、って時間まで覚えてたくらいですしね。この2人には全然勝てんと思うてましたね。

昔、3人そろって『すばらしき仲間』(TBS系列・1976年〜1992年)って番組に出たんですよ。そんときも2人の間に入っていけなくて、しゃべれへんかった。まぁ、録画を見たらそうでもないんやけど、僕はあの2人と絡むのは苦手でした。2人は昔から普通やなかった。

──あの2人は、まさに「怪獣」ですよね。

さんまは噺家からスタートして、司会とかいっぱいして。紳助は漫才からタレントさんで、僕は漫才。みんなそれぞれ違ったから良かったです。

──でも今、阪神・巨人師匠みたいな、デビューから現在まで漫才道を突き進んでおられる方というのは、吉本でも少ないですよね。

そうですねぇ。先輩はいてはりますけど、いっぺん別れてまた組まれてたり・・・ザ・ぼんちさんも、西川のりお・上方よしおさんもいっぺん解散してはりますからね。この40何年間、休んだり、解散したりしてないのは僕とこだけですかね。

──解散しそうになったら賞をもらったりして、結果的に切り抜けたと書かれてました。

それはホントです。毎日のように腹立ってたんですよね。組んで20年くらいまでは、相方がずっとイヤでイヤで。相方も俺のことをそう思ってたやろうけど。

でも辞めれないような理由がすぐにできてしまうんですよね。今度こそ辞めようと言うって決めたら、「巨人さん、漫才大賞もらいましたよ!」って。

──でもなんか、今の若手の漫才師さん見てると仲の良さそうなコンビが多そうやなと。

いやいや、そうでもなさそうですよ。裏ではそんな話よう聞くで(笑)。まあ、ホンマに仲が悪くなったら解散するんでしょうけど。ずっと仲ええコンビって見たことないなぁ。

──先ほどの『M−1』に話を戻すと、今回の著書『漫才論』でもかなり言及されています。僕のようなお笑い好きからすると、明らかな質の向上、活性化という点で、功罪の「功」が相当大きいと思いますが、「罪」はあると思いますか?

うーん、ないんちゃうかなぁ。ない、ない。

──もともと、「芸歴10年で売れなかったら別の道を目指すためにした」と紳助さんは言ってましたよね。

それが紳助の「辞めるためのきっかけを与える賞レース」ということやったんですが。それで言うと、15年まで漫才ができるようになったのが「罪」(笑)。『M−1』はもはや新人賞ではないですからね。でも、この5年伸びたことですごく面白くなったね。

でも、ホンマにね。おもろかったら、芸人は2〜3年で絶対に売れます。僕らも紳助らもそうやったもん。こんなん言うたら生意気やけど、僕らは1年目ですべてのテレビ局の新人賞をいただきました。まあ、漫才師の数が少なかったからというのもありますけど。

──いやいや。それは当然なことで。

8年かそこらで(漫才界でもっとも古い歴史を持つ)『上方漫才大賞』をもらって。8年目ってまだ新人ですよ。で、次の年ももらってるんですよ。9年目に(これまで過去最多の大賞4回)。

それは阪神くんの力が大きかったと思います。いろんなアニメのモノマネができたり。それを僕がわざわざネタに入れさせるんです。最初、阪神くんはイヤがってたんですよ。モノマネは絶対ウケへんって。

──阪神師匠はちょっと可愛いキャラでしたね。

すごい人気でしたよ。『ヤングおー!おー!』(毎日放送・1969年放送開始)の地方公演の出待ちで2〜300人いて、演者さんの乗ったバスが動かへんことがありましたからね。

ともかく『M−1』は今や、完全に若手の登竜門。そういうのがあることに感謝しながら漫才をやってもらいたいですね。『M−1』がなかったらみんなモチベーション全然上がらないと思いますよ。

「悲壮感が出てきたら辞めなあかん」(オール巨人)

──やはり『M−1』は、装置としてもすごく大きいですよね。

ただ、『漫才論』には書いてないんですけれども、『M−1』の出場資格を超えた芸歴の漫才師でも、上手いのはいっぱいいますわ。でも、そういう芸人が売れる機会って、なかなかないんですよね。それが可哀想。そういう大会なら、僕は審査員やってもええかな(笑)。

最近よくテレビにも出てるけど、なすなかにしくん(2001年結成・芸歴21年)。この間、なんかで漫才見たけど、メチャクチャおもろいし上手かったなぁ。

──たしかに中堅以上が売れるきっかけって、若手より少ないですね。実にもったいない。そんなこんなも含めて、これからの漫才界はどうなっていくと思われますか?

どうなっていくんやろねぇ?

──例えば、オール阪神・巨人のように、連綿と続く「しゃべくり漫才」のスタイルが今後どうなっていくかとか。

今の劇場とかテレビの漫才を見てても、全員しゃべりは上手い。だからしゃべりが基本ですが、新しい形が出てくると思うけれども、でもやっぱりしゃべりが基本です。言えるのは、僕らは劇場で漫才をやっていくということだけですよね。ほかのことはちょっと分かりません。

──オール阪神・巨人はそれで通す、ということですね。著書には、「引退の日に一花咲かす」って書いてられましたけど。

いつどうやって辞めようかなって考えてますね。漫才師の「終活」みたいな。

──でも、なかなか最後の最後まで漫才を続けたコンビってそんなにいないですよね。

漫才師に、「今日で終わろう」っていう引退は無い。僕も今年で71歳になるけど、西川きよし師匠はまだまだ現役やし、上を見たらナンボでもいてはるし。そもそもお客さんはオール阪神・巨人を年寄りと思って見てないね。

お客さんが漫才をしてる僕らを見て、「歳いったなぁ」とか「悲壮感が出てきたなぁ」と思ったら、それはすぐ辞めます。まだ、そこは大丈夫かと思う。

──悲壮感の「ひ」の字もないですよ、師匠の漫才には。

案外あるねんて。気はつけてるんですけどね。軽いスクワットするとか、風呂上がりにクリーム塗るとか。それはお客さんから見てとか、テレビに映るからというのもあるんですけど、阪神くんに「老けたな」と思われるのがイヤなんですよ。 だからこの4〜5年、相方のためにシミをコンシーラーで隠したりしてる。僕はそう思って、オール阪神・巨人をやってるんです。まぁ、阪神くんが気づいてるかわからんけどね(笑)。