2014年に韓国で大ヒットを記録した映画『最後まで行く』。ひとつの事故を発端に極限状態まで追い詰められていく刑事の姿を描いたクライムサスペンス映画で、公開されるやいなや世界中の映画ファンを熱狂させた。陰謀に巻き込まれていく刑事・工藤を岡田准一、あとを追う謎の監察官・矢崎を綾野剛が演じた日本リメイク版が5月19日についに公開を迎えた。

同作品の監督・脚本を手がけたのが、新進気鋭の藤井道人監督だ。日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画『新聞記者』、興行収入30億円を突破した『余命10年』を世に送り出した彼。主演の岡田に「日本映画界の希望」とまで賞される藤井監督に話を聞いた。

取材・文・写真/Lmaga.jp編集部

■「キュートな岡田准一」と「狂った綾野剛」

──同作品は2014年に韓国でヒットした作品のリメイク版ということですが、改めて日本独自のアレンジ部分などについておうかがいできますか。

企画をいただいたときから韓国映画のリメイクということもあって、それぞれの国の文化の違いが壁になると分かっていました。ただ、本質がそこにあるわけではないので、原作の面白い部分をリスペクトしつつ、どこを変えようかとなると機械的になるので、あまり気負わずに。

岡田さん演じる工藤と綾野さん演じる矢崎という人間がある種「オリジナル」として追い込まれていく姿を撮影し、「俺が観たい映画を作る」くらいの気持ちでやりました。

──綾野さんに追い込まれる岡田さん、観ていてハラハラしましたし、素晴らしかったです。見事なキャスティングに感動したんですが、この経緯は?

僕はもともと、「役者の観たことない演技を撮る」という部分を監督業のなかで大事にしています。僕は10代の頃から岡田さんに憧れていたんですが、近年は「かっちりしたかっこいい男」を演じられていることが増えているなと思ったので、「キュートな岡田さんが観たい」と、主人公である工藤は岡田さんに演じていただきたいと。

──ほんと、キュートで憎めない役柄ですね。

一方、岡田さんを追い詰めるある種「対」になるような人を考えたときに、映画『ヤクザと家族 The Family』(2021年公開、主演:綾野剛)からずっと一緒に僕の映画を支えてくれている剛さんにこの役をお願いしたいと思ってオファーしました。「狂った綾野剛が観たいです」と(笑)。

──確かに、綾野剛さんの新境地を観た気がしました。

剛さんは本当に芝居がうまく、映画人なので。そういう部分をもっと多くの人に知って欲しいという思いで、矢崎をプレゼントしました。

──そうだったんですね。岡田さんや綾野さんに演技指導などはされたんでしょうか。

僕は演技を指導する立場ではないので。ただ、「こういう矢崎が観たいです」などはお伝えさせてもらいました。矢崎が着ているコートのディティールや眼鏡など、全部ハンドメイドなんですが、髪型なども作り上げていって。あとは、「岡田さん気」を消したいという要望にも順応してくださいました。

──映画を観られた方なら分かると思うんですが、綾野さん演じる矢崎が妻・由紀子(山田真歩)と食事をするシーン、それからラストの車中シーン。矢崎の狂った部分が出ていて最高でした。

すごい顔してましたよね(笑)。僕は剛さんのその顔を見ながら笑ってました。あと、食事シーンのあの台詞、台本にはないんですよ。

──えっ、そうなんですか?

テイク1のときはもっと面白くて。剛さんが泣き出したんですよ。涙が出てきちゃったんです、むかつきすぎちゃって。すごい面白かったんですが、ちょっとやりすぎだなって思って。泣いてないバージョンも観たいですって別カットも撮影させていただきました。剛さんも岡田さんも引き出しが何十万個もあるので、撮影中は楽しかったです。

■座長・岡田の存在感、アクションシーンへのこだわり

──岡田さん、綾野さんのほかにも、工藤の妻・美佐子に広末涼子さん、物語の鍵を握る青年・尾田に磯村勇斗さん、得体の知れない組長・仙葉に柄本明さんなど、豪華なキャスティングが見どころとなっています。柄本さんの存在感も素晴らしかったですね。

僕にとって「ラスボス」のような俳優さんです。尊敬もしていますし大好きなんですけど、やっぱり緊張しちゃうんですよね。「台本なのに台本に聞こえない」という演技がすごい。

──なるほど。柄本さん演じる仙葉の見どころのひとつに、「砂漠のトカゲ」の例え話をされるシーンがあるかと思います。工藤と矢崎が金庫で死闘を繰り広げる場面でも、トカゲの動きに似ているなと感じたんですが、意識されたんでしょうか。

アクションシーンについては、アクションコーディネーターとして園村健介さんに全体を作っていただき、そこに岡田さんが役として肉付けしていく方法で進めていきました。作中で工藤と矢崎が金庫や墓場で戦うシーンがありますが、映画のモチーフになっている「トカゲっぽさ」を入れたら良いんじゃないか、と岡田さんが提案してくださり、トカゲっぽい動きを考案してくれました。

──特に金庫のシーンは壮絶で追いかけてくる矢崎に恐怖を感じるというか、とても印象に残っています。

そうですね。地面を這いつくばっている工藤と矢崎。ある種、階層の違う2人が立場や社会的地位を越えて地面に這いつくばるっていうカットにアクションを加えてくださり、映画的に豊かさが出たシーンでもあります。

──金庫シーン撮影後に岡田さんと綾野さんがハグをされているメイキング映像を拝見したんですが、死闘を繰り広げられたんだなっていうのが伝わってきました。

僕も観ました、その映像。何回壁にタックルされるんだろう、剛さんはっていう(笑)。

──確かこのシーン、1日で撮影されたんですよね。

1日で撮影しました。現場では岡田さんが「俺がフロアディレクターやるよ」って回してくれたんですよ。アクションって体の動きなどさまざまなシーンを撮影するので、100カット近くあるんですが、「そんなんじゃ終わんないよ」って岡田さんが率先してくださって。みんな岡田さんについていって。

──岡田さんが座長として先頭に立たれていたんですね。

はい。だからちょっと巻いて終わりました。本当に兄貴という感じで。

■絶妙なコミカル、「不謹慎な笑い」が生む面白さ

──試写会でも笑いが出るほどコミカルシーンが絶妙でした。

岡田さんも綾野さんもコメディがうまいんですよね。何故面白いかというと、2人とも「人を笑わせよう」としたり、「これ面白いでしょ」と思って演じてないんですよ。工藤と矢崎が生きて、必死にテンパってくれている。本当に必死に逃げ切ろうとするじゃないですが。小賢しく、愚かに。その2人が滑稽に見えるので、そこでみんなが笑えるんだろうなと。僕が好きな笑いのラインです。

──笑いの間が素晴らしかったです。笑って良いのか分からないけど笑ってしまう。

そうなんですよ。不謹慎な笑いって面白いんですよ。作中にもあるんですが、棺桶に何してんのっていう。

──墓場でも戦いますしね。この壮絶な墓場シーンからラストに向かってのカーチェイスが個人的にお気に入りなんですが、最初からラストシーンは決めていらっしゃったんですか?

原作では金庫のシーンで終わるんです。それはそれでひとつの正解だとは思うんですが、『最後まで行く』というタイトルを考えたときに、その意味って何なんだろうって。やっぱり、行ききった方が面白いなって思って。「初日の出までの話」というのは自分のなかで決めていました。

■藤井組は「日本映画界の希望」

──岡田さんが、藤井さんは「新しい撮り方」をされるともおっしゃっていました。「新しい撮り方」とは?

そうですね、僕はフィルムで映画を撮ったことがない世代なんです。アナログからデジタルに移行した世代なので。自分流プラス昔の良いところを取り入れてハイブリッドされていったというか。岡田さんは伝統のなかでしっかりと大作を作ってきた方なので、僕が珍しく写ったのかもしれません。一方、剛さんは自主映画やインディーズなども経験されているので、意外とやり方が合ったのかも。

──以前、岡田さんが「30代が多く活躍する藤井組は日本映画界の希望」とおっしゃっているのを拝見したんですが、藤井さんの今後の展望は?

インディーズ時代からなんですが、師の教えを受けて、というよりは、自分のなかで戦って映画を公開し、観客から厳しい言葉やうれしい言葉をいただきつつ、頑張ってきた部分があります。昨今、労働環境の話などいろんなものが表に出てきているけど、個人的には「表に出てきたからどうにかしなきゃ」という考えがしっくりきてなくて。自分たちがちゃんと現役でいて、中から変えていける環境づくりをし、議論ができる場にしたいという想いはあります。

──なるほど。次回作なども予定されているんですか。

はい。今後もたくさん映画を作っていきたいですし、岡田さんと綾野さんと作っていきたいという想いもあります。一度だけで終わりではなく、何度もコンビとして作っていくことでより面白い作品ができあがるだろうし、ご縁を大事にしながら作品づくりをしたいです。

──最後に、これから映画を観られる方に一言いただけますか。

観たことない岡田准一さんと綾野剛さんが観られる作品となっています。あまり追い詰められるタイプじゃない2人が追い詰められる様を映画館で存分に味わって欲しいです。全然かっこよくないですが、キュートかつ愛らしいのでそこを楽しみに。