新型コロナウイルスの影響により、全国各地の観光スポットが大打撃を受けるなか、かつてない取り組みで新たな息吹きをもたらそうとするプロジェクトがスタートした。日本三古湯のひとつとして知られる、兵庫の有馬温泉の『有馬に恋さん』だ。

「恋さん=こいさん」とは、阪神間モダニズム時代の生活文化を描いた谷崎潤一郎の小説『細雪』(1943年)に登場する妙子のこと。四姉妹の四女をそのまま体現した自由奔放なモダンガールで、その「こいさん」を「恋さん」として現代によみがえらせ、和洋折衷なファッションをはじめ、大和楽を活用したテーマ曲やイメージ映像などの作成を通して、同エリアに根付く「阪神間モダニズム」を再興していきたいという。

このプロジェクトを起ちあげたのは、一般社団法人 有馬商店会ら3団体。商店会の金井一篤さんら地元メンバーが中心となり、縁もゆかりもない人気コンテンツで集客するのではなく、地元発の文化である「阪神間モダニズム」に着目。それを現代風に解釈することで、新しい有馬温泉像を確立することを狙っている。そのひとつには、かつて有馬のお座敷遊びを守り続けるも、今では青息吐息となった有馬芸妓も含まれている。

「このコロナで宿泊客はもちろん減りましたけど、特に芸妓文化が大きく衰退するのではないかという危機感がありまして。昭和30年には150人の芸妓さんがいたんですが、今ではたった8人。芸妓さんは伝統芸能です。これを無くしてしまうのは、有馬にとって非常に良くないと。ですから、このコロナをきっかけに新しいことに挑戦しようとする機運が高まってきました」(金井さん)

そこで今回、芸妓の舞をお座敷から独立させたり、公式サイトに料金表を掲載したり。伝統ゆえに変えることができなかったルールに一石を投じた。「これだけでも、すごく革命的なこと!」と言うのは、有馬検番「田中席」の芸妓・一菜さん。2015年に芸妓カフェ「一糸(いと)」をオープンし、昨夏にはオンラインでお座敷遊びを楽しめる「Zoom芸妓」にも挑戦してきた一菜さんからしても、今回の試みは画期的らしい。

そんな芸妓改革を機に、有馬温泉の新たなイメージを言語化するべく考えられたのが「阪神間モダニズム」。金井さんは、「この有馬の魅力や本質的な価値がどこにあるのか。そこに立ち戻って考えたとき、『阪神間モダニズム』があって。そのテーマの下であれば、地元のパーツがすべて噛み合うんです」と語る。その最初のステップが、この『有馬に恋さん』というわけだ。

その企画の趣旨に賛同した約50の旅館や土産物店、飲食店が、このプロジェクトに参加。和装ファッションやクラシックカーでの来場優待、さらには、有馬芸妓の舞を気軽に楽しめる鑑賞会、文化人によるオンライン講演会などもおこなわれる予定だ。コロナ禍に苦しむ観光業への起爆剤としてだけなく、今後30年、40年のスパンで、失いかけた有馬文化の復活と継承を目論んでいるという。

「このイメージを見てもらって、テーマを触れてもらうだけでも価値があるかなと。有馬を訪れてくれる旅行者の方々はもちろんのこと、地元の方にも知ってもらいたいと思っています。有馬には『阪神間モダニズム』があるということを」(金井さん)。『有馬に恋さん』の最新情報は、公式サイトにて常時発信されている。

写真/本郷淳三