19世紀半ば頃、「10億ドルの鳥」という別称があったグアナイムナジロヒメウという鳥をご存知でしょうか。「グアノ」と呼ばれるその鳥の糞は、当時は最高級の肥料でした。一体なぜその鳥の糞がそこまで高価なものになったのか。今回のYouTubeのサイエンス系動画チャンネル「SciShow」では、この「グアノ」をめぐる物語を紹介します。

鳥の糞が最高級の肥料に

ハンク・グリーン氏:人間は歴史上常に、役に立つものや美しいものを提供してくれる動物を大切にしてきました。美しい絹をもたらしてくれる蚕、油の供給源となった皮下脂肪を持つ鯨、羊毛を提供してくれる羊などがその代表です。

しかし、19世紀半ば頃は、グアナイムナジロヒメウという鳥が、世界で最も大切な動物だと考えられていたのです。「10億ドルの鳥」という別称があったくらいですが、その理由は、その鳥の糞が最高級の肥料だったからです。その糞はグアノと呼ばれます。

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19世紀の初め、世界の人口は爆発的に増加していました。それに対応するため、食糧も大幅に増産されなければなりませんでした。ところが、その数百年前から、大規模農業が盛んに行われており、土壌の栄養分はどんどん枯渇していっていました。

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そこで登場してくるのが、ヨーロッパ屈指の探検家、アレキサンダー・フォン・フンボルトです。1802年ペルー沿岸を探検していた時、彼は、チンチャ諸島でとれたグアノを船から降ろしている労働者に出くわしました。

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この地域の土着民は何百年も前から、チンチャ諸島のグアノを肥料として使っていました。ですから、フンボルト自身がグアノを発見したのではではありません。しかし、彼は、探検家として抜かりなく、グアノのサンプルをヨーロッパに持ち帰りました。

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当時、肥料の科学的な根拠はよくわかっていませんでした。農民は、粉末にした骨や灰や糞尿を土に混ぜると植物がよく育つことは知っていましたが、科学者はどうしてそうなるのか説明できませんでした。

現在では、その答えは簡単で、元素に関係しているのだと誰でも知っています。農民が肥料として使っていたものには、窒素、リンをはじめ、植物の生育を助ける他の元素がたくさん含まれていたのです。

植物は窒素を使って、大切なタンパク質や葉緑素のような色素を作ります。葉緑素は太陽光を吸収し、光合成を起こして、植物の生命を保ちます。リンはDNAやリボ核酸を作るのに必要です。また、細胞膜や、あらゆる生物がエネルギーを作り蓄積するのに用いる分子化合物を作るのにも必要です。これらの元素がないと、植物は細胞を増やすことも、またすでにある細胞を使って機能することもできません。

しかし、当時、科学者がこのことを知っていたとしても、あまり役には立っていなかったのです。というのは、植物が利用できる窒素やリンの適当な供給源があまりなかったのです。

もちろん、空気にはたくさんの窒素が含まれていますが、植物は、炭素は直接吸収できても、窒素そのものは吸収できません。窒素を吸収するためには、土壌中のバクテリアにより窒素が少し変化し、他の形態に「固定」されないとダメなのです。硝酸塩とかアンモニアに変わって初めて、植物は窒素を取り込むことができるのです。

土壌からそのような化学物質がなくなると、農作物を育てることはとても困難になります。そこで、チンチャ諸島の話に戻るわけです。

グアノブームが幕を閉じるまで

それらの島のグアノには、植物が吸収できる形態の窒素やリンが驚くほど豊富に含まれています。牛や馬の糞よりも肥料としてずっと優れているのです。というのは、牛や馬は植物しか食べませんが、グアノを作るグアナイムナジロヒメウはカタクチイワシに似たある種の魚以外ほとんど食べません。

タンパク質を豊富に含んだ餌を食べるということは、糞にはたくさんの窒素が含まれることになります。それに、鳥の糞といいますが、実際には、糞と尿が混ざったものです。ですから、他の動物の糞以上に窒素やリンが含まれていることになります。

この天然肥料が堆積していく理由はペルー沿岸の乾燥した気候によるものです。通常であれば、鳥の糞は自然と雨に流されてしまいます。ところが、チンチャ諸島付近では、南極からの海流の影響で雨がほとんど降りません。そのため、グアノは固まり、どんどん堆積して、窒素とリンでできた自然の恵みとなったわけです。

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フンボルトが持ち帰ったグアノは画期的な肥料の新発見だということがヨーロッパに広まると、みんながそれに夢中になりました。ペルー政府はただちに、大掛かりな採掘作業を開始し、グアノを各国の求めに応じて販売し始めました。

他の国も関与しました。1856年アメリはグアノ島法を制定しました。これは、グアノが堆積しており、他国の領土でなければ、どんな島でもアメリカ市民に所有を許すというものです。

この一見無尽蔵と思える資源を求めて、採掘者が全世界から集まりました。しかし、このグアノブームは農業にとっては喜ばしいことでしたが、島をすみかとするグアナイムナジロヒメウや他の海鳥にとっては大変迷惑なことでした。採掘者たちは、鳥や卵を自分たちの食糧としたのです。

考えれば、これは自分の首を絞める愚かな行為ですが、彼らはとうとう、鳥の生息環境を破壊してしまい、鳥の生息数が減少し始める事態にまで陥ってしまいました。1870年代には、これらの島のグアノの大半が採掘されてしまいました。

2、30年経ってから、ペルー政府は生き残ったグアナイムナジロヒメウを保護し始めましたが、これは天然資源の保護に政府が関与するという最初の取り組みの1つといえます。しかし、それはグアノ産業にとって遅すぎました。採掘できるグアノの量が減ってしまったのと同時に、化学肥料の発見により、グアノブームは幕を閉じざるをえなかったのです。

ドイツ人の化学者フリッツ・ハーバーは空気中の窒素を固定し、アンモニアを生成する方法を開発しました。このアンモニアを原料として化学肥料がつくられるのです。化学肥料はグアナに劣らない効果があります。そして、この化学肥料を使って、今日にいたるまで何十億という人々に食糧が提供されてきたわけです。

しかし、グアノの有用性もまったくなくなってしまったわけではありません。最近、有機農業が盛んになり高品質の肥料が見直されてきています。グアノは最高級の肥料としてその価値をいまだ保っています。