26人が犠牲となった静岡県熱海市の土石流災害から半年を迎えました。復興を願って灯されたキャンドル。今も行方が分からない1人の捜索も続いています。

発災から半年…

復興支援団体テンカラセン
高橋一美代表:「ちょっと暗いなと…神社の参道に灯が少しでも灯せられたらいいなという思いでやりました」

きのう、土石流災害の発生から半年を迎えた熱海市伊豆山地区。

「黙とう」

母を亡くした 瀬下雄史さん:「毎年3日に伊豆山の両親の家に行くのが毎年の恒例行事だった。まだ時々思い出しては眠れない夜もありますし、苦しみは続いている」

自宅が全壊した 太田滋さん:「復興の話がどんどん進んできていますけれども、それに対して(盛り土の)原因究明の話が何も進んでないところがありました。並行して原因究明もどんどん進めていってもらいたい」

高橋諒記者:「発災からきょうで半年を迎えます。このあたり発災当初は大量の土砂や瓦礫などがあったが、現在はほとんどが撤去されていて、家の基礎が見えるほどまでになっている」

あの日、土石流による大量の土砂に覆われた伊豆山地区。今はその多くが片付けられ、半年という月日の流れを物語っています。
被害を甚大化させたと指摘されている盛り土をめぐり、県は先月、現在と前の土地所有者に造成の経緯などの聞き取り調査を行いました。現在の土地所有者は「植林はした。盛り土はしていない」と主張。前の土地所有者は「施工を行ったのは業者で、自分は工事に携わっていないので分からない」と説明しているということです。

太田和子さん 未だ行方分からず

太田和子さん。いまだ行方が分かっていません。
市内で生まれ、息子家族と4人で暮らしていました。20年ほど前亡くしたご主人と伊豆山地区で理髪店を営んでいました。

松本早人さん:「(太田和子さんの)家はあの、ブルーシートが二つある右側のブルーシートの前に1階、2階と木造の家が建っていたが、発災時に本当に一瞬で流されてしまったので、心苦しい」

市の消防団員の松本早人さん。太田さんとは40年以上、家族ぐるみの付き合いがありました。

松本早人さん:「自分なんかも結構お世話になったり、自分の娘とかもね、そろばん塾とかでお世話になって、本当に面倒見のいい人でした。本当、一刻も早く、見つかってもらいたい」

別の知人も…。

太田和子さんを知る人:「(太田和子さんは)同級生のお母さん。よく夏場に子どものときにね。海に遊び行くときに、坂を下って行って覗くと、おばさん(太田和子さん)がおじさんとね、床屋さんで人の髪切っていた。見つけていただいて、家族の所へね、あの返してあげたいと思いますよね」

現在も太田さんの捜索は続けられています。土石流災害の発生から半年が経ちました。