庭をポータブルにした盆栽とその奥深さ

米粒に文字を書いたり、割りばしの先を刻んで仏像をつくったり、日本には昔から小さなものにこだわる文化があります。今や世界中に愛好家を持つ盆栽もその一つでしょう。

盆栽はただ小さな樹木を鉢に植え直したものではありません。100年、200年という年月をかけて小さな大木を育くみ続け、その表現された世界を想像し、鑑賞する文化なのです。

盆栽は、庭園を縮めた坪庭(住宅敷地内の小さな庭)を、さらに小さくしたものともいえます。池泉の風景を縁側のそばで表現する枯山水、それをさらに極限まで縮小した盆石にも似ています。ポータブルな盆栽は庭とは違い、個人で楽しんだり、売買することが可能になり、商品的価値も高まりました。

盆栽の価値は小ささだけはありません。素晴らしい盆栽は、見た目の見事さに加え、その向こうに想像力をかきたてる豊かさがあります。池泉庭園の池に大海を想像し、浮かぶ小島に極楽浄土を思うのと同じ構図です。

ですから、松の荒れた肌を木質部まで削ぎ落とした大胆な姿の向こうには、断崖の風雪に耐えた自然の風景が見えるはずです。

十数本もの寄せ植えからは、豊かな森がイメージされます。重く垂れた枝ぶりは、川辺の水面から反射する光を求めて成長する風景を思い起こさせます。これこそが盆栽が表現するものなのです。

考えてみれば、神輿や神棚は神社の縮小版ですし、寺院を縮めたものが仏壇です。ほかにも五七五の17文字だけで四季の時間と空間を詠む俳句や「一寸法師」の昔話など、私たちのまわりには、今も小さく縮めた豊かなものがあふれています。

出典:『眠れなくなるほど面白い 図解 建築の話』著/スタジオワーク

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