世界一のスポーツ産業を誇るアメリカだが、長引くパンデミックに大きく影響されているのには他ならない。その中で国が誇るデジタルテクノロジーは、いかにスポーツビジネスに取り入れられてきたのか。MLSシアトル・サウンダーズFC、ウェルズ・ファーゴ、そしてTwitterというクラブ、スポンサー、メディア、プラットフォーマーの三者が『HALF TIMEカンファレンス2021』で語り合った。

クラブ、スポンサー、メディアからそれぞれ登壇

業界最大規模のスポーツビジネス・カンファレンスシリーズ『HALFTIMEカンファレンス』の2021年第一弾が5月に開催された。「コロナ禍のDX(デジタル・トランスフォーメーション)」をテーマにしたカンファレンスでは、2日目に米国スポーツから登壇者を迎えた。

登壇したのは、MLSクラブのシアトル・サウンダーズFC バート・ウァイリー(Bart Wiley)COO、ウェルズ・ファーゴでスポーツマーケティングVPを務めるサラ・トゥーサント(Sara Toussaint)氏、Twitterで広告・セールスを担当するクライアント・アカウントマネージャーのロバート・ハンロン(Robert Hanlon)氏。NYを拠点とするBlue United Corporation CEOの中村武彦氏がモデレーターを務めた。

2007年に創設され、2009年のMLSのエクスパンション(加盟チーム拡大)でリーグの一員となったシアトル・サウンダーズFC、MLSの公式リテール銀行としてパートナーシップを展開するウェルズ・ファーゴ、そして各スポーツコンテンツの配信にも参入し、MLSとはライブ・オンデマンドのコンテンツ契約も結ぶTwitterという、スポーツビジネスの各プレーヤーの登壇となった。

デジタル活用「ファンを一番に考えるべき」

Twitter クライアント・アカウントマネージャー ロバート・ハンロン氏

セッション最初のトピックは、「スポーツチームのDX」。現在コロナ渦で見られるスポーツ界のデジタル・トレンドについて、最初に発言したのはTwitterのハンロン氏。

「最近面白いと思ったのはPGAツアー。選手がツアーや選手自身についてSNSで発信すると、エンゲージメントなどによって追加の報酬がもらえるという新しい施策が発表されました。どのように人々が反応するのか、考えていきたい」

PGAでは、今年4月に「Player Impact Program」を発表。ファンとのエンゲージメントやスポンサーの露出など、各指標で高いスコアを記録した選手にボーナスが支払われる。上位10選手に4000万ドル(約44億円)が分配され、1位の選手は800万ドル(約8.8億円)にものぼる。

トゥーサント氏は、スポンサー企業の視点からファンの重要性を指摘する。デジタルを活用したエンゲージメントが現在進むという。

「クラブはファンのことを一番に考えるべき。ファンエンゲージメントの手段としてNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)やAR(Augmented Reality:拡張現実)など、様々な技術が台頭してきています。MLSではデジタル・トレーディングカードを展開していますね」

NFTについては楽天も提携する、Chiliz社運営の「ソシオス」にも言及された。現在、FCバルセロナ、パリ=サン・ジェルマン、ユベントス、ACミランなどがファントークンを発行している。

ファンの重要性に同調したのはウァイリー氏だ。ファンの体験(エクスペリエンス)を重視しながら取り組む、自チームのDXの現状を語った。

「ファンがスタジアムに来れなくても、デジタルを通じて現場にいるかのような経験を提供する。コロナにならなければ、DXの重要性には気づかなかった」

コロナ禍ではこれまで通りスタジアムやアリーナで試合を観戦するのが難しい。新しい観戦体験や試合以外でのファン・エンゲージメントがより重要になるが、デジタルはあくまで「ファンのため」でなくてはならない。

デジタルとリアルでエンタメを提供

ウェルズ・ファーゴ スポーツマーケティングVP サラ・トゥーサント氏

次に議論されたのは、「長引くコロナ渦において、予想外だったこと」。昨年の春先に米国で深刻化した新型コロナの影響は、今も尚スポーツ界に影を落とす。この間、各社は、デジタルで様々な取り組みを行なってきたが、想定通りでなかったことも多い。

ウァイリー氏は、試合の中止や観客数制限などによる収入減を指摘しつつ、「ファンに関する取り組みが最重要。初心に返って、いかにエンターテインメントを提供できるかが大切」だと、回復の道筋を示した。

トゥーサント氏は、デジタルでリアルを完全に再現するのは難しいと指摘。その上で、デジタルとリアルの相互補完がカギになると話した。

「『Cameo』というサービスでは、ギフティングをすると選手から自分宛てのメッセージをもらえます。対面で会える喜びをバーチャルで完全に代替するのは難しいですが、『選手から名前を呼んでもらえる』という体験は、ファンにとって意義のあることですよね」

最初にコメントしたのはハンロン氏。ファンという観点から、この期間に見られた好事例を取り上げた。

「バドライト(Bud Light:バドワイザー社のライト・ビールブランド)とNFLを例に挙げたい。NFLは比較的保守的な組織でしたが、(2021年の)ドラフトではバドライトがスポンサーとなって、『視聴者がTwitterを通してコミッショナーにブーイングができる』という施策をした。ファンがつながる場を提供しました」

米国では、NFLのドラフトでコミッショナーのロジャー・グッデル氏にブーイングを浴びせるというのが毎年の恒例になっている。同氏を非難したい理由はファンによって様々だが、何千人もの前に姿を現すドラフトは、格好の舞台になってきた。その「体験」をドラフトがオンラインになったからといって途絶えさせないという、バドライトの皮肉でユーモアのある取り組みだった。

ライブスポーツの価値と、カギになる接点の多様化

シアトル・サウンダーズFC バート・ウァイリーCOO

DXのトレンドから「ファン中心」という観点で議論が進んだ本セッション。最後の議題は、「スポーツ界において、テクノロジーで代えられないもの」。中村氏はコロナ禍でビジネス環境が変わり、様々な手法やツールが出現したが、変わることのないスポーツの普遍的な価値は何かと尋ねた。

ウァイリー氏はライブ・スポーツを提供するチームからの視点で回答。

「人が集ることで生まれるエネルギーは、他では再現できない。無観客の試合を見ていても、物足りません。スポーツの在り方はどんどん変わりますが、実際に試合を見てもらって、エネルギーを感じてもらう。これをファンに提供するのが我々の役目です」

ハンロン氏は、観戦体験の重要性は観客だけではなく、企業にとっても変わらないと強調して付け加えた。

「共に仕事をする人々と直接会って話し、関係を構築することは重要です。ライブで試合を見たい方は沢山いるでしょう。デジタルやソーシャルは補完になりますが、直接的な交流は引き続き重要になるのではないでしょうか」

トゥーサント氏は、試合の機会が奪われたスポーツ業界に危機感をにじませつつ、発展的な提言をして締め括った。

「NBAは従来、ファン全体のうちたった1%しか来場していません。またアメリカでは昨年、男子スポーツのテレビ視聴率が減少しています。どんなに試合にエネルギーがあってもファンが来て、見てくれなければ意味がありません。チームはより謙虚になって、ファンをつなぎとめる努力をすることが必要です」

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