23歳にしてパナソニックの前身である松下電器を創業し、一代で世界的企業に育て上げた松下幸之助。彼はまた、謙虚にして素直な人物としても知られています。何が斯様な人格を形作ったのでしょうか。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、幸之助を直接知る神奈川大学名誉教授の松岡紀雄氏が、「経営の神様」が素直に謙虚に生きようとした原点を伺い知ることができるエピソードを紹介しています。

「僕はつくづく運のいい人間だ」

幾多の試練に直面しても「謙虚・素直」な生き方を貫いた、松下幸之助。11年間にわたりその薫陶を親しく受け、アメリカPHP研究所 初代代表を務めた松岡紀雄さんは、幸之助翁がなぜ、常人なら投げ出してしまうような逆境を乗り越えることができたのか、興味深いエピソードを紹介しながら語られています。

松下さんの包容力や指導力、時代を見通す先見力などはどのようにして培われたのでしょうか。

よく知られるように松下さんは豊かな家庭に生まれながら、父親が米相場に失敗したことにより、9歳にしてただ1人汽車に乗って郷里の和歌山から大阪に丁稚奉公(でっちぼうこう)に出るのです。

時代が違うとはいえ、幼い頃から想像を絶する厳しい環境に身を置かれました。しかし、誠実に精いっぱい働く姿が奉公先のご主人や奥さまに認められ、大変可愛がられました。

生涯を貫いた何事にも誠実で懸命に打ち込む習性は、その頃身につけられたものに違いありません。

先見性という点では、松下さんが「これからは電気の時代だ」と直感したのは、自転車店で丁稚奉公をしていた15歳の折でした。大阪で路面電車が走るのを見てピンときたといいますから、驚く他ありません。松下さんは6年間育ててもらった奉公先を飛び出し、大阪電灯への入社を目指します。

しかし、すぐに採用というわけにはいかないことから、一時セメント工場の臨時工として働くことになります。勤め帰りに乗る小蒸気船から海に転落するという、人生観を変える出来事が起きたのはその頃です。

溺れる寸前を引き返してきた船に助けられるのですが、その時のことを松下さんは後に「これが夏だったからよかった。冬だったら到底助からなかっただろう。僕はつくづく運のいい人間だ」と述懐しておられます。

ご自身の運の強さを確信するとともに、人間は生かされている存在であると実感されたのでしょう。何があろうと周囲の状況を怨むことなく、最後まで素直に謙虚に生きようとされた原点が、このエピソードからは窺えます。

松下さんの人生には、敗戦による壊滅的打撃や、GHQによる公職追放、先述の婦人団体によるボイコット運動等々実に様々な試練が降りかかってきました。

自分では確信を持って挑戦しながら、失敗に終わった経験も少なくなかったはずです。私が入社した年にも大型コンピュータ事業からの撤退が決断され、同期入社の理工系社員はいたく失望したものです。

松下さんはそういう失敗や挫折の中でも常に将来を見据えて新たな手を打とうと懸命でした。

多くの社員やお客さまの声に謙虚に耳を傾ける中で、真のニーズを掴む努力を怠らなかったのはそのためでもあるのです。幼少期に味わった苦労や、そこで得た知恵が試練を乗り越える力となったことも、また確かでしょう。

(本記事は月刊『致知』2017年11月号 特集「一剣を持して起(た)つ」より一部を抜粋・編集したものです)

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