3月10日に突如経営破綻したアメリカのシリコンバレー銀行。バイデン政権の素早い対応により最悪の事態は避けられたとされますが、なぜこのような騒動が発生してしまったのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、Windows95を設計した日本人として知られ、自身もこの騒ぎに巻き込まれてしまった中島聡さんが、シリコンバレー銀行破綻劇の一部始終を時系列で記すとともに、その特徴を解説。さらにこのような危機に瀕した際の「アメリカの強さ」を紹介しています。

プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

シリコンバレー・バンクの破綻

先週のシリコンバレー・バンクの破綻の件ですが、私自身が当事者でもあったので、ハラハラでした、ようやく週明けになって決着が付きました。

日本でも報道されていると思いますが、断片的な情報だけだと理解しにくいと思うので、銀行のビジネスモデルやシリコンバレーバンクの役割にまで立ち返って、包括的に解説してみたいと思います。

銀行のビジネスモデルは、基本的には、預金者から集めたお金を貸し出し、その金利の差額で利益を上げるというものです。通常、金利は長期のものの方が高いので、いつでも引き出すことのできる(つまり、超短期の)普通預金に0.1%の金利を支払い、集めたお金を2.6%の金利で10年の住宅ローンとして貸し出す、ようなことをします。預金総額が100億円の銀行であれば、預金者に支払う利息は1,000万円、借り手から受け取る利息は2億6,000万円なので、2億5,000万円の粗利が生じます。

これだけ聞くと、とても楽に儲けられそうに見えますが、いくつかのリスクがあります。一つは「貸倒れ」で、貸し手の破産などで貸したお金が戻ってこないケースです。これに関しては、住宅ローンの場合だと住宅そのものを担保にすることにより、万が一返却が不可能になった場合には、担保の住宅を売却して資金を回収します。

もう一つのリスクは、金利の変動です。何らかの理由で金利が上昇すると、預金者に支払うべき利息が増えるため、長期で貸しているお金が生み出す利息との差が縮まって利益が少なくなったり、最悪の場合には貸しているお金の利息の方が少ない「逆鞘(ざや)」になってしまいます。そんなことを避けるために、銀行は十分に大きな金利差を設定したり、金利が急上昇した時だけ大きな利益が出る特殊な金融商品を購入して保険をかけるのが一般的です。

取り付け騒ぎとは、多くの人々が(何らかの理由で)「銀行が倒産するかもしれない」という不安に陥って預金を一斉に引き出す行動のことを指します。これが起きると、まず最初に銀行が持っている現金が極端に少なくなります。銀行は、預金者から預かったお金を他の人や会社に貸し出しているので、それほど現金は持っていないのです。お金を貸している先から急に取り立てることも出来ないので、そんな時には「お金を貸している権利」そのものを他の銀行に売却することにより現金を入手しますが、慌てて売ろうとすると買い叩かれるため、下手をするとそれにより大きな損失を被り、破綻してしまう場合もあります。

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シリコンバレー・バンクの顧客が持つ一つの強い傾向

FDIC(Federal Deposit Insurance Corporation、連邦預金保険公社)は、世界恐慌で取り付け騒ぎにより大量の銀行が破綻したことを受けて、連邦議会が作った仕組みです。FDICに加盟した銀行が破綻した場合には、1口座あたり25万ドルをFDICが補償する、という仕組みです。この仕組みは、「預金者を保護するために作られた」と表現する人がいますが、「預金者に『自分の預金は保護されている』という安心感を与えることにより、取り付け騒ぎ(および、その結果の銀行の破綻)を避ける」ために作られた、という方がより正確な表現です。

シリコンバレー・バンクは、ベンチャー企業やベンチャー・キャピタル(ベンチャー企業への投資家)が数多くあるシリコンバレーに本社を置く銀行で、ベンチャー企業に特化した銀行業務を行うのが特徴です。ベンチャー企業の創業者の多くは、会社経営の経験などがない技術者・研究者だったりするため、ベンチャー・キャピタルに言われるままに、会社を作りますが、そんな時にメインバンクとして勧められるのがシリコンバレー・バンクなのです。シリンコンバレー・バンク側も、通常の銀行は決してしてくれないような「無担保融資」など、ベンチャー企業が必要なサービスをきめ細かく提供することにより、ベンチャー企業の約半分がメインバンクに採用するほどの実績を持つ銀行に成長しました。

そんな事情もあるため、シリコンバレー・バンクの顧客には一つの強い傾向があります。顧客の多くが、ベンチャー・キャピタルから集めた数百万ドルから数億ドルのお金を普通預金に預け、そのお金を使って急成長している赤字経営のベンチャー企業なのです。そのため、景気が良くて、ベンチャー企業にとって資金調達が容易な時期には預金総額が急激に増え、逆に、景気が冷え込むと、資金集めが難しくなり、預金総額が継続的に減り続ける、という特徴があります。

今回の取り付け騒ぎは、このシリコンバレー・バンクに特徴的な預金総額の増減の結果起こりました。シリコンバレー・バンクの預金総額は、2019年から2021年にかけて、$62billionから$189billionに急上昇しました。新型コロナの影響による特需で、GAFAMの株価が上昇し、それに応じて、ベンチャー投資も盛んに行われた結果です。

2021年当時は、普通預金の金利がほぼゼロだったため、シリコンバレー・バンクは、金利1.6%の10年満期のMBS(Mortgage Backed Security、不動産担保証券)を$88billion購入することにより、その金利差で利益を上げるという手法を採用しました。

しかし、その後に起こったインフレを受け、連邦銀行が連続的な利上げを行なったため、シリコンバレー・バンクは窮地に追い込まれました。金利の上昇局面では、長期債権の市場価格は下がります。国債を買えば5%の金利が得られる時に、金利1.6%の10年満期の債権を額面で買ってくれる人などいないからです。

市場価格が下がったとは言え、満期まで持っていることができれば元本は補償されます。満期前に売却する必要がなければ、損失を被ることはないのです。

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シリコンバレー・バンクがわずか48時間で破綻してしまった訳

そんなシリコンバレー・バンクを襲ったのが、金利上昇の結果のベンチャー投資の急激の冷え込みです。2019年から2021年にかけて大量に資金を集め、たくさんの従業員を抱えて、赤字覚悟で成長戦略を取って来たベンチャー企業に新たな資金が流れ込まなくなったのです。その結果、ベンチャー企業の運営資金(シリコンバレー・バンクにとっては預金総額)が急速に減り始め、シリコンバレー・バンクは、損失覚悟で、10年満期のMBSを売却せざるを得ない状況に追い込まれたのです。

シリコンバレー・バンクは上場企業なので(正確には上場企業の子会社)、この損失の事実はすぐに公開されました。さらに、純資産がマイナスに転じることを嫌ったシリコンバレー・バンクが新株の発行により資金調達をすることをアナウンスしたことがきっかけとなり、今回の取り付け騒ぎが起こってしまったのです。

皮肉なのは、今回の取り付け騒ぎを起こした張本人が、シリコンバレーのベンチャー・キャピタリストたちだったことです。シリコンバレー・バンクが破綻の危機にあることに気がついた何人かが、投資先のベンチャー企業に対して「すぐにシリコンバレー・バンクに預けてあるお金を他に移す」ように指示を出し、それが瞬く間に、ベンチャー・キャピタリストおよびベンチャー企業に広まり、誰もが一斉に預金を下ろそうとする、という取り付け騒ぎが起こり、シリコンバレー・バンクはわずか48時間で破綻してしまったのです。

従来型の取り付け騒ぎと比べると大きく違うのは、顧客が赤字経営のベンチャー企業に偏っていて、彼らがベンチャー・キャピタルを通じてつながっていたため、シリコンバレー・バンクが抱える問題点が瞬く間に広がり、かつ、オンラインの時代なので、銀行の支店の行列など作らず、誰もがオンラインで振込操作を行なった、というのが今回の特徴です。

今回の政府のスピーディな処置には当事者としては感謝しかありません。長期的な副作用を心配する声もありますが、連鎖的な取り付け騒ぎを避けるには、この方法しかなかったと思います。

今回の騒動を受けて、資金が「大きすぎて潰せない(Too Big To Fail)」大手の銀行にシフトすることは避けられないと思います。その結果として、銀行間の競争が減ったり、イノベーションのスピードが遅くなることは避けられないように思えますが、システムの安定と競争原理の導入の両立は、銀行業務に関しては難しいのかも知れません。

とは言え、どんな危機の時にも、それを利用して新しいビジネスが生まれてくるのが米国の強さなので、今回の騒動を反映したフィンテック・ベンチャーが複数誕生しても全く不思議はありません。(『週刊 Life is beautiful』2023年3月21日号の一部抜粋です。続きはご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)

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