1983年から1989年まで漫画雑誌『モーニング』(講談社)に毎号カラー4ページで連載され、カリスマ的な人気を誇った漫画「ハートカクテル」。作品に描かれた、まるでアメリカ西海岸やリゾート地を思わせるオシャレな世界観と映画のような男女の恋愛物語は、当時の若者たちの憧れの的となりました。のちにアニメ化やドラマ化もされるなど、日本中で一大ブームを巻き起こした「ハートカクテル」の作者が、今も第一線で活躍する漫画家・イラストレーター、わたせせいぞうさん(77)です。6月16日から大丸東京店にて「わたせせいぞう展 〜ハートフルな東京日和〜」が開催され、全6冊が刊行予定の『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』(小学館クリエイティブ)の新シリーズ、ミュージック&クルーズ「サンライズ」編も発売されたわたせ先生に、漫画家をめざしたキッカケから「ハートカクテル」制作秘話、そして大好きな音楽や近況まで、いろいろとお話をおうかがいしました。(於:わたせせいぞうギャラリー白金台  港区白金台5丁目22-11ソフトタウン白金1階)

突然開いた「漫画家への扉」

──本日は、お忙しい中お時間をいただきありがとうございます。わたせ先生といえば、40代以上の人にとって漫画「ハートカクテル」の印象が強くあります。洗練された画風のみならず、漫画の中に登場する街中の看板や小物まで、すべてがオシャレで新鮮でした。そもそも、わたせ先生が漫画家を志そうと思うようになったきっかけは何だったのでしょうか?

わたせせいぞう(以下、わたせ):本日は宜しくお願いいたします。実は、もともと漫画家になろうとは思っていなかったんですよ。ただ、小さい時から絵を描くことは好きで、幼稚園の年長から小学一年生にかけての2年間、絵の家庭教師をしていた父の友人から絵を習っていました。父が画家志望だったので、私を絵が好きな子供に育てたかったんでしょうね。そのときに、基礎となる物を観察することや遠近法を学んだんです。その後もずっと絵を描くことが好きで、絵のコンクールがあると応募して入賞したりして、先生も絵を認めてくれました。それが小、中学生の頃です。

ところが、高校生になったときに美術部へは入らず「書道部」に入ったんです。なぜかというと、「前衛書道」というものを見たときに「これは絵だな」って思ったんですよ。絵のような感覚で、白と黒の領域の比率があることが面白くて。高校生の頃は、漫画家よりも新聞記者に憧れていました。当時は文章を書くことの方が好きだったんですね。早稲田大学に進学した後も小説の同人誌を作ったりして、文章を書くことに興味がありました。だから漫画を描くということはあまり考えていなかったんですね。

──では、どのタイミングで「漫画家」になろうと決心されたのでしょうか?

わたせ:大学を出たあと損害保険会社に就職したんですが、まだ心のどこかで新聞記者のような「モノを作る世界」に憧れていたんですね。そして入社して3年目くらいのときに、直木賞作家の永井路子さんの講演を聞きに行ったとき、その途中休憩で永井先生と10分くらい直接お話しできる機会があったんです。そのとき僕は、短い時間にいきなり小説を見せるのは失礼だと思って、自分で書いていた小説は持っていかずに、ケント紙2枚に描いた擬人化された猫の4コマ漫画をお見せしたんですよ。そうしたら永井先生が「渡瀬さん、漫画家になりたいんだ!」と言われまして。そこから「漫画家への扉」がパッと開いたんです。

──そのとき小説をお見せしていたら、まったく違った人生になっていたのかもしれませんね。ここで初めて「漫画家」への道を意識されたということでしょうか?

わたせ:そうですね、「そういう道もあるのか」と。もちろん絵や漫画を描くことは小さな頃から好きでしたよ。最初は永井先生に自分のことを印象づけるためのサプライズとして持っていっただけなんです。でも、永井先生にそう言われて初めて漫画家ということを意識しました。その後、永井先生が雑誌社を紹介してくださって、サラリーマンとして働きながら、描いた漫画を持ち込んだりするようになりました。雑誌社からは「必ず賞に応募した方がいいよ」と言われたので、応募した作品で新人賞を獲ったりするようになったんです。

──1974年に小学館の「第13回ビックコミック賞」に入選されていますが、これは漫画を描き始めてからどのくらい経った頃だったのでしょうか?

わたせ:あまり間を置かずに入選しましたね。その前になりますが、実業之日本社の『週刊漫画サンデー』という漫画雑誌の編集長が永井先生と知り合いで「まず彼のところへ行ってごらん」と紹介されました。そこで『ギャートルズ』の園山俊二さんを紹介されて、線の引き方とか「漫画のイロハ」を教えてもらったんです。

──あの園山俊二さんから教わったんですね。その後、数多くの作品を発表することになりますが、影響を受けた作品や漫画家さんはいらっしゃいますでしょうか?

わたせ:子供の頃に好きだった漫画家で言うと手塚治虫さん、石ノ森章太郎さんの作品ですね。もう一人、おませだったので、エロティックな女性の漫画で有名な小島功さんの漫画が好きでした。大人になったときに「小島さんのような線で女性を表現できればなあ」と、漠然とした憧れを抱いていましたね。

──小島功さんの漫画は「これぞ大人の漫画」という感じで、女性のボディラインを本当に美しく描かれていましたよね。わたせ先生が漫画家として作品を発表し始めた当時は、損害保険会社のサラリーマンと漫画家という「二足の草鞋(わらじ)」生活だったと聞いています。その頃の大変だったエピソード、逆に嬉しかったエピソードは何でしょうか?

わたせ:営業部の勤務でしたから、「毎月どれだけ予算を達成しているか」という評価なんですよ。「二足の草鞋」生活が始まった頃は、まだ普通の社員だったんです。ところが、『モーニング』で「ハートカクテル」の連載が始まった1983年の少し前くらいから、東京の足立支社長を任されるようになりました。そうなると急に責任が重くなって大変でしたね。上司に「漫画なんか描いているから予算が達成しなかったんじゃないか?」と言わせたくなかったので、プレッシャーがかかりました。「成績が落ちたら漫画を描くのはやめろ」と、パワハラみたいなことも上司に言われていましたから。精神的なハードさもありましたが、「ハートカクテル」の連載が始まると身体的にも辛かったですね。月曜から金曜までは会社の仕事に集中、しかも営業マンですからお得意先との飲み会やカラオケまで行くことも多かったんです。そして、会社が休みの土日だけ漫画の仕事をすることにしていました。ところが、平日も休日も両方の仕事がタイトになってきまして、赤信号を待っているときに「この間だけでも少し寝られるかな」と思ってしまうくらい、体力的にも限界がきていたんです。

サラリーマンから漫画家一本に。背中を押した「ハートカクテル」への思い

──そろそろ「二足の草鞋」生活から、漫画一本に専念しようと思い始めたわけですね。

わたせ:僕が勤務していた支社の中では、「営業支社長」として漫画の話は一切しないようにバリアを張っていたんです。それに対しては部下たちも気を使ってくれていました。あるとき、若い部下とふたりでお得意先へ行く車の中で、その部下が「支社長、先週のハートカクテル良かったです」と小声で言うんですよ(笑)。若い部下が僕の漫画を応援してくれているということがわかって、内心とても有り難かったですね。

──普段は気を使って社内では何も言わなかった部下が、実は先生の連載を読んでいて、その作品を応援してくれているというのは、何ものにも変え難い嬉しさがありますよね。そして「ハートカクテル」連載中の1985年に会社をお辞めになるわけですが、これはどのようなきっかけがあったのでしょうか?

わたせ:2月15日の40歳の誕生日に「企画課長」の辞令をもらいました。そうなってくると、会社的にも「そろそろ、どちらか一本にしろよ」という声が聞こえてきそうで、一本に絞ることにしたんです。大きな会社だったので、辞令をもらって一週間以内には結論を出さないと迷惑がかかりますから、答えを出すまでの一週間だけ悩みました。僕と奥さん両方の両親に相談しましたが、みんな「お前の行きたい道に行け」としか言わないんですよ。「訳のわからない絵の方に行っても応援はするよ」とは言っていましたけどね(笑)。でも、会社からは「そんなバカなことはよせ」と、たくさんの人から引き留められました。ある代理店では「ロマンの世界に行ったらどうだ!」なんて無責任なことを言う人もいたんです。そこで40歳の自分として、45歳になった自分と50歳になった自分というものを頭の中で想像してみたんですよ。そうすると、45歳と50歳のふたりが「あのとき絵の道に行った方が良かったんじゃないか?」という顔をするという、何とも不思議な体験をしました。それに、当時の僕は「ハートカクテル」を描きたくて描きたくてしょうがなかったんです。平日の月〜金は何もできず、漫画は土日にしか描けない生活でしたから、もし月〜金も描けたらどんなにか幸せだろうと思ったんですね。

──どうしても平日に「ハートカクテル」を描きたい!という強い気持ちに突き動かされるように、漫画家の道を選ばれたんですね。独立された直後に不安はありましたでしょうか? それとも急にお仕事が忙しくなった感じなのでしょうか?

わたせ:3月31日に仕事を辞めて4月1日になったとき、初めて「ああ、今まで自分は会社という大きな傘(組織)に守られてきたんだな」と、その「傘」が無くなったという実感はありましたね。たとえば病気をして休んでも会社は給料をくれますが、フリーになって病気を理由に漫画を描けなくなればお金は貰えないわけです。そういう現実について考えることはありましたね。でも、先ほどお話ししましたが「ハートカクテル」を描きたくてしょうがなかったし、「ハートカクテル」の登場人物を題材にしたCM制作の仕事も始まったんです。そして、それまでは『モーニング』編集部が「わたせせいぞう」という漫画家を他の媒体では描かせないように「カゴの鳥」みたく囲い込んでいたんですが、そのカゴをバッと開けてくれました。そうしたら、他社からの仕事が一気にドッと押し寄せてきたんですね。だから、不安というよりは忙しくなってしまったことの方が大変でした。

──代表作である「ハートカクテル」は、毎号カラー4ページという、80年代当時の漫画雑誌としては豪華な連載でしたよね。その「ハートカクテル」に出てくる外車、洋酒、ジュークボックス、ラジオ、西海岸風の風景や看板、音楽などの世界観は、どのような作品や場所から影響を受けたのでしょうか?

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『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』ミュージック&クルーズ「サンライズ」編(小学館クリエイティブ)より

わたせ:やっぱり、イラストレーターの永井博さんや鈴木英人さんですね。それに、当時の日本のミュージシャンの多くはアメリカのウエスト・コースト(西海岸)の音楽を目指していたということもあって、クリエイターと呼ばれる人たちにはアメリカ西海岸の風が吹いていた時代でした。だから僕も西海岸好きになったんです。実は会社務めをしていた時に営業成績で表彰されて、ロサンゼルスへ研修旅行に行かせてもらう機会がありまして、そのことでより西海岸が身近な存在になったんですね。その当時は西海岸の文化が日本で流行り始めてきた頃で、ロスの街中にあるビルボード(看板)が本当にカッコ良くて、こういうものをバックにした主人公の絵を描きたいなと思ったんです。ホテルのプールとかね。

──先生が「ハートカクテル」の中で使用する色やモチーフも、日本には無い欧米ならではの色彩感覚で作られたモノを多く登場させていましたよね。このロス行きが後の作品に大きく影響したわけですね。

わたせ:自分が憧れていた土地に、しかも会社のご褒美で行くことが出来たのは本当に嬉しかったですよ。ロス旅行は「ハートカクテル」を描く数年前でしたが、その頃から、こんな風景をいつか作品に描けたらなぁと思ったんですね。

──初期の「ハートカクテル」は、当時のグラフィック・デザイナーが印刷物の製作でしていたような細かい色指定や、間を大事にした大胆でグラフィカルな構図など、どのコマを切り取っても「レコードジャケット」になるような作風が印象的でした。このような作風は、どのように確立されたのでしょうか?

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『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』ミュージック&クルーズ「サンライズ」編(小学館クリエイティブ)より

わたせ:まだサラリーマンをしながら「ハートカクテル」を描き始めた頃の2年間(1983〜1985)は、とにかく楽しくてしょうがなかったわけです。今度はアレを描こう、次はこういうアングルがいいだろうと毎週のように楽しみながら考えていました。もし当時、他の仕事をたくさん同時に抱えていたらダメだったと思うんです。「ハートカクテル」一本だったから楽しく出来た、その結果だと思うんですね。

──そんな「ハートカクテル」の特徴の一つに、ト書きやセリフなどの文字が、写植ではなく、すべて先生の描き文字という点があります。これは意図的だったのでしょうか?

わたせ:いや、意図的ではなく、「ハートカクテル」の原型になった「おとこの詩」(角川書店)という漫画が、同じように手描き文字だったんですね。その後に「ハートカクテル」を連載するにあたって『モーニング』の編集長がセリフやト書きについて、やはり写植とも何とも言わなかったので、そのまま描いて、そのまま掲載されていただけなんです。

──個人的には、わたせ先生の描き文字は外国映画に入る「字幕」の文字のように見えていました。先生の漫画が、どこか外国の映画を思わせる作風だったことに関係しているのかもしれません。

わたせ:なるほど、そうですか! その感想は嬉しいですね、ありがとうございます。

色指定で作られていた「ハートカクテル」のカラー世界

──「ハートカクテル」のカラー部分は、すべて色指定で構成されていたと聞いていますが、毎号細かい指定は大変だったのではないでしょうか?

わたせ:ものすごくコストがかかるので出版社泣かせだったんですよ(笑)。「ハートカクテル」が始まる前に竹書房という出版社の雑誌で4ページのカラー漫画を描いたんですが、マーカーで塗ったところって色ムラが出ちゃうじゃないですか。そのときに、編集者が「色指定すればいいんですよ」って言ったんです。どうするのって聞いたら「シアン(C)30%とか指定すると、空の色がスッとなるよ」と言われて、それからですね。その時はグラデーションなんて無くてベタだけだったんです。その後、「ハートカクテル」の連載になってから、空の色をグラデーションで指定することも始めました。最初の頃は、今と違ってコンピューターで色分けしていたわけじゃなくて、印刷所で製版を担当する職人さんが手で切り抜いていたんです。実は横尾忠則さんの製版を担当していた職人さんが、僕の「ハートカクテル」の製版も担当していました、恐れ多いことに(笑)。僕の漫画も「ついでにやる」という感じでやってもらっていたと思うんです。それからしばらくして製版はコンピュータになりましたね。

──初期の「ハートカクテル」のカラーは職人技によるものだったんですね。その情報を知った上で改めて漫画を見てみたいと思います。

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『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』ミュージック&クルーズ「サンライズ」編(小学館クリエイティブ)より

わたせ:初期の頃は本当に「コスト、コスト」言われました(笑)。そのうち何にも言われなくなったんですよ、技術が変化したからかもしれませんね。色指定の「最後の砦」がブラック(BK)だったんです、CMYK4色目のブラック。これは絶対にアンタッチャブルでした(笑)。ブラックまで手を出したら、もっとコストが上がるからと。そのうち、知らん顔してブラックも指定しちゃったんですよ。そうしたら趣のある絵ができまして、編集者の反応も良かったし、職人さんも喜んでいたので、そのままスルーッとやり続けたんです。

──CMYKすべて指定していたということですね(笑)。コストがかかる作品だけれど、その分よいものが出来たということで結果オーライだったわけですね。

わたせ:ところが「原画」を作るのが大変でした。今までの印刷物は色指定で見せていましたが、もともとの絵はモノクロの線画だから真っ白い絵しかないわけです。そこで、モノクロの線画の上から印刷物を見ながらパステルで色を手塗りしなきゃならない。だから原画はものすごく労力がかかりましたね。いつも「原画展」が一番大変なんです(笑)。

わたせ先生が今でも「手描き」にこだわるワケ

──わたせ先生は、今もイラストを手描きされていらっしゃるのでしょうか?それともすべてデジタルですか?

わたせ:いいえ、手描きです。主線(おもせん)の部分は今も手で描いていますし、服の色、花の色、自然のグリーン、小物、街中の看板の絵、こういったものはマーカーや色鉛筆、パステルを使って手で描いています。それ以外の、車のボンネットやレンガの壁の色なんかはデジタルですね。時代はどんどんデジタルで描く方向になってきていますが、でも、そんな時代にあえてアナログに手描きというところがいいんだと思いますね。

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自身の作品の前で。現在も、主線(おもせん)や看板、自然のグリーンなどは手描きや手塗りだという

──デジタル全盛期の中で、「今も手描きのイラストレーター」という存在は貴重ですよね。

わたせ:そうなんですよ。今はすべてコンピュータで描くようになってきていますから、作品として残るものが少なくなっていますよね。デジタル作品も出力すれば紙に出せますが、じゃあ「原画はどこですか?」となると機械の中ですよね。ハリウッド映画だってCGが出始めた頃はカッコ良かったけれど、最終的には人間が生でやっていることには敵わない。それはイラストも同じだと思いますね。人間が描いた方が下手じゃないですか(笑)、味があると言いますか。

──手描きならではの趣がある、わたせ先生のイラストレーションはJR東日本のポスター広告などでよくお見かけするのですが、とりわけ印象的だったのが、2009年のJRA「東京シティ競馬(大井競馬場)」の一連のポスター広告でした。あのお仕事はどのようなキッカケで来たのでしょうか。

わたせ:僕が42、3歳の頃だから、まだ「ハートカクテル」を連載しているときですが、電通の人からPanasonicのラジオCMの仕事が来たんです。4ページの「ハートカクテル」のようなラジオCMを作りたいんだと。これは、僕が10分くらいのお話を考えて、流す音楽も選ぶというCMでした。どのような構成のCMかというと、まず僕が水先案内人のように話すナレーションが最初に入って、そのうち男女の声優さんの会話があって、そのバックに音楽が流れるというラジオCM番組だったんです。ところが、サラ・ヴォーンの曲とかボサ・ノヴァなどの洋楽を流すための著作権料に一番お金がかかったそうです(笑)。そんなCMを一緒に作った電通の人から、10数年ぶりにお声がかかったのが、東京シティ競馬の話だったんですよ。

──あの東京シティ競馬のポスターにも「ハートカクテル」が関係していたんですね。

わたせ:東京シティ競馬のポスターは、スポーツライターの二宮清純さんとのコラボレーションだったんですよ。二宮さんが文章を書いて、僕がイラストを描くという。二宮さんの書く文章が好きだったので、このお仕事は楽しかったですね。

──JRの駅構内などでお見かけしましたが、かなり大きなポスターで大作でしたよね。あのポスターから、競馬の雰囲気がおしゃれなものに変わったのではないかと思います。

わたせ:とにかく、おしゃれな競馬にしようというコンセプトでしたから。あのポスターのお仕事は印象に残っていますね。

「シティ・ポップ」ブームと音楽と

──昨今、日本の7、80年代のシティ・ポップという音楽が世界的な流行となっています。わたせ先生もシティ・ポップの特集番組でインタビューにお答えしたり、ポスターでシティ・ポップとコラボするなど、関連企画のお仕事も多いかと思いますが、この世界的なシティ・ポップブームについて思うこと、ご自身が70年代から80年代にかけて印象に残っているレコードなどがありましたら教えてください。

わたせ:当時はさまざまな音楽を聴きながら制作しましたよ。午前中はジャズのインストゥルメンタルやボサ・ノヴァをよく聴いていました。シティ・ポップが流行っていた80年代当時は、常に街の中で音楽が聴こえてくる、僕の絵で言うと「街に音符が流れている」ような時代でしたね。大滝詠一さんや佐野元春さん、山下達郎さん、奥さんの竹内まりやさん、ユーミン(松任谷由実)の音楽なんかがよく流れていて。みんながエネルギーを持っていましたよね、いろいろなものが前へ前へ向いていた時代でした。いまシティ・ポップの再ブームが来たというのは、やはりアナログだからなんでしょうね。

──当時は、録音技術もアナログでしたし、再生するレコードやカセットテープなどのメディアもアナログですから、今の世の中で流れている音楽とはまったく違う音だった記憶があります。

わたせ:今の音楽は、みんなコンピュータの打ち込みでしょう。YMO(イエローマジックオーケストラ)なんか、逆にコンピュータに近づけようと、人間が一生懸命に汗かいてやっていたじゃないですか。途中でデータが飛んでしまったり、演奏中の息づかいとか、ミスタッチとか、あれがいいんですよね。どこか人間らしさ、温かさがありましたから。そういった部分に惹かれるんじゃないでしょうか。

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2021年に発売40周年を迎えた大滝詠一『A LONG VACATION』とコラボしたポスター用イラストの前で。近年、世界的ブームとなっている「シティ・ポップ」関連の仕事も増えている

──それは、わたせ先生の作品に通じるものがありますよね。手描きだからこそ感じる温かみや、人間らしさと言いますか。

わたせ:やっぱり、そういうことは大切ですよね。どんなにデジタルで作られた音楽でも、ライブで歌ったり踊ったりする行為はアナログなんですから。

思い出の「ハートカクテル」が詰まった自選集

──現在刊行中の『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』(小学館クリエイティブ)の新シリーズ、ミュージック&クルーズ「サンライズ」編が好評発売中ですが、掲載作品をセレクトする際に留意している点がありましたら教えて下さい。

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『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』ミュージック&クルーズ「サンライズ」編(小学館クリエイティブ)

わたせ:まず、今の服装でもう一度リメイクしたいなと思った作品を選んでいます。あとは「夏休みで新人のアシスタントと2人だけになってしまって、しんどい思いをして描いた」とか(笑)、当時の思い出が蘇ってくるような作品を選びました。

──各巻に両面カラーのポストカードも付いていますし、ファンにとっては嬉しい特典ですね。扉ページには、外車や風景などイラストの元になったような写真が掲載されていますが、こちらは先生ご自身がお撮りになったものでしょうか?

わたせ:そうなんです。昔の「ハートカクテル」にも僕が撮った写真と短い文章を掲載していたので、編集の方と「今回もそれを踏襲しましょう」ということで載せています。

──この扉写真が、わたせ先生の漫画やイラストの世界観を感じさせるステキな演出ですね。初めて読む若い読者の方には、たった4ページの中に映画のような前後のストーリーを想像させるような構成は新鮮なのではないでしょうか。

わたせ:男女の恋愛は普遍的なものですから、ストーリーは今でも通用すると思いますね。最近はスマホやネットによる情報過多で、みんな「頭でっかち」になっているじゃないですか。特に若い世代の方は「自分の頭で考える」もしくは「自分の頭で想像する」という機会が少なくなってきていると思います。ご指摘の通り、「ハートカクテル」はわざと前後のストーリーを曖昧にしているんですよ。この前に何があったのか、その後どうなったのか、自分の頭で各自が想像をふくらませられるようにしているんです。情報を与えられるばっかりじゃなくて、僕の「ハートカクテル」で想像することを楽しんで、左脳を元気づけてほしいですね。

16日より「わたせせいぞう展 〜ハートフルな東京日和〜」開催

──6月16日から28日まで、大丸東京店11階催事場で「わたせせいぞう展 〜ハートフルな東京日和〜」が開催されます。この展示や近況について教えてください。

わたせ:今回の16日から始まる大丸東京店の展示は企画展ではありませんので入場無料なのですが、2年前の2020年に画業45周年記念として大丸京都店で開催された「わたせせいぞうの世界展 〜ハートカクテルだったあの頃〜」という企画展があったんです。その時のメイン展示が「暦を巡る冒険〜京こよみ〜」という、京都の12ヶ月の季節とともに、東のカレと西(京都)のカノジョという遠距離恋愛中の2人の一年をテーマにした12枚の描き下ろしイラストでした。これは京都に住んでいるカノジョのもとに、カレが毎月1回京都へ会いに行ったときの様子をテーマにした連作なんです。今度の大丸東京店の展示では、そのシリーズのお返しとして、今年の1月から制作をスタートさせた、京都からカノジョが東京にいるカレのもとへ会いにくるという「暦を巡る冒険」の新シリーズ「〜東京こよみ〜」の最新作をお披露目します。これは画業50周年記念に向けて完成させる新シリーズなのですが、12枚の連作のうち何点かを今回ご覧いただくことができます。7月には名古屋高島屋で、8月は横浜高島屋でも展示があります。そして「北九州市漫画ミュージアム」の名誉館長を松本零士さんから引き継ぐことになりましたので、名誉館長就任に合わせて10月から門司港にある「わたせせいぞうギャラリー門司港」にて1ヶ月間の企画展を予定しています。

──北九州市は、わたせ先生が幼少期を過ごされた場所ですので、思い入れのある地での展示も楽しみですね。まずは6月16日から始まる大丸東京店「わたせせいぞう展 〜ハートフルな東京日和〜」の展示を楽しみにしております。本日は、お忙しい中いろいろとお話しいただきありがとうございました。

小学生の頃、友人の家で“背伸び”するようにパラパラと読んでいた大人向けの漫画雑誌『モーニング』。その中ほどに掲載されていた眩いばかりのカラー漫画が、わたせせいぞう先生の「ハートカクテル」でした。日本中にアメリカ西海岸の風が吹いていた80年代のカルチャーに対する再評価が高まる中、その中には昨今世界的なブームとなっている日本の音楽「シティ・ポップ」も含まれています。わたせ先生のイラストもシティ・ポップも、デジタル時代の私たちが忘れかけている温かみや人間らしさという「アナログ感」が、その人気の秘密なのかもしれません。この夏、あの頃を思い出しながら、あるいはまったく知らない時代へタイムスリップした気持ちで、わたせせいぞう「ハートカクテル」の世界に酔いしれてみてはいかがでしょうか。(MAG2 NEWS編集部 gyouza)

【関連】今なぜ日本の「シティ・ポップ」が世界的な注目を浴びるようになったのか?

取材協力(敬称略):
株式会社アップルファーム
濱田髙志

【わたせせいぞう 関連情報】

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「わたせせいぞう展 〜ハートフルな東京日和〜」

会期:2022年6月16日(木)〜28日(火) ※会期中無休
会場:大丸東京店 11階催事場
開場時間:午前10時〜午後8時 ※最終日は午後6時閉場
入場料:無料
サイン会:6月18日(土)・6月25日(土)2回開催
詳しくは大丸東京店HPまたはお電話で(03-3212-8011)

わたせせいぞう「京こよみ −暦を巡る冒険−」複製原画12枚セット

わたせせいぞう氏が展覧会で発表した12枚の連作シリーズ「京こよみ」を、高精細インクジェット技術「JetPress」で複製原画化、12枚セットとして6月16日〜28日開催される大丸東京店「わたせせいぞう展」で先行販売される(その後、順次ネット等での販売開始予定)。作品を入れて飾ることができるアクリルフレーム付セットと、複製原画シートのみの2種類はそれぞれ50セット用意されている。

【価格】
複製原画12枚セット(化粧箱入)シートのみ 55,000円+税(限定:50セット)
複製原画12枚セット(化粧箱入)アクリルフレーム付 75,000円+税(限定:50セット)

【仕様】
・複製原画B4サイズ12枚セットと6枚シートの解説書(A4)、化粧箱入
・アクリルフレーム、金具付(留めネジ+自立スタンド+吊り下げ用金具)/わたせ氏のサイン刻印入り(絵柄の縦横で使い分け可能)

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『ハートカクテル ミュージック&クルーズ サンライズ』

大好評既刊『わたせせいぞう自選集 ハートカクテル』“四季編”全4巻に続く新シリーズがスタート。

今回は『ミュージック&クルーズ』と題し、 “音楽と車”を主軸とした作品を中心に選んだ傑作を「サンライズ」編、「サンセット」編の全2巻に分けてお届け。

本書「サンライズ」編にはわたせせいぞう自身が厳選した恋の“サンライズ(日の出)”を予感させるときめきの25編を収録。懐かしいあのころの名曲をBGMに、大切な人と都会の海をクルージングする感覚を楽しめる。

既刊の“四季編”と同じく全ページを原稿から新たにスキャンして最新のデジタル技術で着彩、発表当時の色彩が鮮やかに蘇る決定版作品集となっている。

表紙は新たに描き下ろし、著者自身による作品解説や書き下ろしエッセイなどのオリジナルコンテツも充実。

定価:3,520円(税込)
仕様:B5判ハードカバー / オールカラー112ページ
発売日:2022年5月26日(木)
発行:小学館クリエイティブ
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NHK Eテレ「SWITCHインタビュー 達人達」

ゲストとインタビュアーを「スイッチ」しながら、30分×2週連続で人生観や哲学を語り合う『SWITCHインタビュー』に亀梨和也×漫画家わたせせいぞうが登場。

放送日:6月13日(月)・6月20日(月)22:50〜23:20
再放送の情報はコチラまで
見逃し配信はコチラから

10代から第一線で活躍、今年デビュー16年目を迎えるKAT−TUNの亀梨和也が会いたいと願った相手は、大ファンだという漫画「ハートカクテル」の作者、わたせせいぞう。わたせの絵を自宅に飾り、毎日寝る前に眺めるほどのファンという。

お楽しみに。

MAG2 NEWS