厚生労働省は14日、化学テロが発生した際に、医師以外の消防隊員らが解毒剤の自動注射を打つことを認める報告書をまとめ、ようやくわが国の化学テロ対策も国際水準に近づくことになりました。ここに至るまでに声を上げ続け、実現への端緒を開いた危機管理の専門家で軍事アナリストの小川和久さんが、主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』でその経緯を伝えています。小川さんは、今回の前進を評価しつつも、縦割り行政や官僚の思い込みが問題解決の道を阻んできたこと、これまでも同様のことが起こっていたことを指摘し、総括を求めています。

大きく前進した化学テロ対策

ちょっと嬉しいことがあって、思わずツイートしてしましました。

「地下鉄サリン事件から25年目。この間、日本国民は形だけの化学テロ対策を信じ、危険にさらされ続けてきました。それが今年2月、心ある政治家と志をもつ厚労官僚によって国際水準の化学テロ対策が実現。近く展示訓練も行う方向です。やればできる。やらないのは政治にリーダーシップがない証拠」

この動きについて、マスコミは次のように伝えています。

「厚生労働省は14日、化学テロでサリンなどの有毒物質が散布された際、医師以外の救急隊員らが解毒剤の自動注射を打つことを認める報告書をまとめた。同省は2020年東京五輪・パラリンピックを控え、化学テロ発生時の迅速な治療体制づくりを進める。   通常時は、解毒剤の注射は医療行為に該当し、医師や看護師以外は医師法違反になる。報告書は、自動注射を打てる対象者として、化学テロが発生した際に汚染地域(ホットゾーン)で救急搬送に当たる消防隊員や警察官、自衛官らを想定。治療には早期の解毒剤投与が必要である点などを挙げ、『非医師等による自動注射器の使用が許容される必要がある』とした」(11月14日付時事通信)

しかし、なぜ24年後のいままで国際水準の化学テロ対策が実現しなかったのか、その点に踏み込んだ報道はありませんでした。これは、日本のマスコミが一片の問題意識すら備えていないことの証明でもあるのですが、事情を知る者の一人として簡単に経緯を述べさせていただきたいと思います。

今年2月12日、私は大口義徳厚労副大臣の部屋で浅沼一成厚生科学課長、山本史医薬品審査管理課長と4人で話し合いました。その結果、その場で解毒剤の確保、自動注射器の導入などが決まったのです。

私は危機管理の専門家の一人として、機会を見ては化学テロ対策の不備を指摘してきました。いくら化学防護服に身を固めていても、現場に入ってすぐ被害者に解毒剤を注射しなければ手遅れになるからです。そのためには、解毒剤の確保や自動注射器の導入とともに、消防・警察・自衛隊など関係者が注射できるようにしなければなりません。

ところが、この面の担当省庁である厚労省側は医師法、薬事法などを理由に、「できない」を連発してきたのです。ほかの関係省庁も、この問題を解決するために動こうとはしませんでした。

そこで、2014年秋に総務省消防庁の坂本森男長官が設けた『大規模イベント開催時の危機管理等における消防機関のあり方に関する研究会』(非公開)の機会に、厚労省から消防庁に出向していた医系技官(医師)にしつこく問いただしました。この研究会が2020年の東京オリンピックとパラリンピックのテロ対策を目指していたことはいうまでもありません。

医系技官が発したのは、医師法や薬事法の問題ではなく、「内閣官房、防衛省、自衛隊が反対しているので実現できない」という驚くべき言葉でした。

腑に落ちないので、私はさらに突っ込みました。「内閣官房、防衛省、自衛隊が反対しているとは初耳だ。誰が反対したのか言って欲しい」。ついに医系技官は白状しました。「内閣官房、防衛省、自衛隊が反対するのではないかと思っていました」

なんのことはない。勝手な思い込みだったのです。こうなると、問題を解決するにはトップダウンしかありません。私は旧知の塩崎恭久厚労大臣に顛末を報告しました。すぐに担当局長から電話があり、検討したいとのことでした。

しかし、そうこうしているうちに、なんの動きもないままに時は過ぎていきました。私は加藤勝信大臣が就任すると、再び問題の解決を依頼しました。加藤さんは「やらせます」と言って太鼓判を押してくれました。加藤さんはすぐに担当部署に指示してくれました。それでも、1年経っても動きがありません。仕方なく、旧知の大口副大臣に連絡をして2月12日の4者会談となった訳です。

細かいことは省きますが、話を進めるうちにキーパーソンである2人の課長の使命感に火が付いたようで、5月の段階で記者発表が行われ、審議会を経て今回の動きとなったのです。

私は、「オレがやった」などと言うつもりはありません。しかし、私が当時の野中広務官房長官に掛け合ってドクターヘリを実現したときと同じ構造が今回の化学テロ対策にもあったということは、申し上げておかなければなりません。

ドクターヘリの時は、医学部の教授などの専門家を中心に4回も国の委員会が設けられましたが、関係する6つの省庁などの反対の前に粉砕され、日本は西ドイツが始めてから28年間も後れをとってしまったのです。その間、ドクターヘリがあれば助かったであろう貴重な生命は十万人の単位だったと推定されます。

それが、野中官房長官の一声で実現してしまったのです。野中さんの下で、森山幹夫さんという内閣審議官(医系技官)が使命感に燃えて奔走しました。

それにもかかわらず、救急救命の関係者は「生みの親」ともいうべき野中官房長官のことには触れようともせず、あたかも自分たちだけで実現したかのように振る舞っていますし、なぜ野中官房長官が乗り出すまで実現しなかったのかの総括もないままです。

今回の化学テロ対策についても同様です。懸案が前進したことを喜ぶのはよいのですが、そして、それぞれの専門家の知見には敬意を表しますが、私は問いたい。

あなた方は、いままで実現しなかった問題をどのように総括するのか。そこまでいかないと、専門家として中途半端だと言わざるをえない!塩崎さん、加藤さん、大口さん、浅沼課長、山本課長に足を向けられるのか!

またまた、嫌がられそうです(笑)。(小川和久)

image by:  k_shirai_95 [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

MAG2 NEWS