5月25日、全国各地でスタートした新型コロナワクチンの4回目接種。政府は対象者を60歳以上もしくは高重症化リスク者に限定していますが、その設定は理に適っていると言えるのでしょうか。医療ガバナンス研究所理事長の上 昌広先生は今回、若年層を対象外とした決定を強く批判した上で、その理由を医学的観点から解説。さらに厚生省が主張する「対象を拡大しない根拠」について、全く合理性がないと切り捨てています。。

プロフィール:上 昌広(かみ まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長。1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

大手マスコミがほとんど報じない、日本政府コロナワクチン4回目接種の迷走

新型コロナウイルス(以下、コロナ)ワクチンの4回目接種が始まった。5月26日、朝日新聞は「4回目接種、始まる 60歳以上、基礎疾患ある人対象 コロナワクチン」と報じている。他紙の報道も、ほぼ同様だ。マスコミは、今回の政府の対応に特に問題意識はないようだ。私は、このことを残念に思う。今回の政府の対応こそ、我が国のコロナ対策の迷走を象徴しているからだ。本稿でご紹介しよう。

私が問題視するのは、接種対象を60歳以上や重症化リスクが高い人に限定したことだ。ワクチンが確保できていないのであれば、そのような対応も止むを得ない。ただ、そうではない。5月17日、後藤茂之厚労大臣は、期限切れとなったワクチンを大量に廃棄する方針を明かした。ワクチンは十分量が確保されているのだ。それなら、接種を希望する全ての国民を対象とするという考えがあってもいい。どちらのほうが、国民の立場に立ったものかは言うまでもない。

実は、最近、先進国のコロナ対応は大きく変わった。そのことを世界に印象づけたのは、米政権医療顧問トップのアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染症研究所長の発言だ。4月10日、米ABCの番組「This Week」に出演し、「コロナは根絶できるものではない」、「各人が、自分がどの程度のリスクを負うか考えて行動すべきだ」と発言した。ウィズ・コロナは長く続くから、コロナ対策の強度は個人の判断に委ねざるをえず、政府は一律に決めることはできないという訳だ。この発言は、世界中の様々なメディアで報じられた。

ファウチ氏は、世界を代表する医師・医学者だ。『ネイチャー』、『サイエンス』だけで、過去に40報以上の論文・論考を発表し、1983〜2002年まで世界の科学誌にもっとも引用された研究者の一人である。その発言は重い。

この頃、世界の医学界も、自らの誤りを認め始めた。権威ある米『ニューイングランド医学誌』は、4月28日の社説で「失敗を意味する『ブレークスルー』という言葉は、非現実的な期待を生み、このウイルスに対するゼロ・トレランス戦略の採用につながった」と自己批判している。コロナは一回の感染やワクチン接種で免疫がつくわけではなく、何度もワクチンを打ち、感染を繰り返すことで、長い年月をかけて免疫をゆっくりと獲得していくことが明らかとなった。『ニューイングランド医学誌』の社説は「パンデミックからエンデミックに移行するためには、ある時点で、ワクチン接種または自然感染、あるいはその2つの組み合わせでは軽症に対する長期的な予防ができないことを受け入れなければならない」と続けている。

ウィズ・コロナの時代に、政府に求められる役割は、国民を統制することではなく、国民に正確な情報を提供し、国民の判断をサポートすることだ。

では、4回目接種に関しては、どのような情報が重要なのだろうか。現時点で最も重視すべき臨床研究は、4月13日にイスラエルの研究チームが、米『ニューイングランド医学誌』に発表したものだ。この研究では、60歳以上の高齢者に対して、前回接種から4ヶ月以上の間隔を空け、4回目接種を行ったところ、3回接種群と比べ、接種後7〜30日間の感染リスクは45%、入院リスクは68%、死亡リスクは74%低下していた。4回目接種は有効だった。

4回目接種の臨床的有用については、この研究しか発表されておらず、その有効性は医学的に確立しているとは言いがたい。今後の研究が必要だ。ただ、現時点では希望がもてる結果と言っていい。

では、4回目接種の問題は何だろうか。それは、効果の持続が短いことだ。イスラエルの報告では、感染予防効果は、接種後8週間時点では、約10%まで低下していた。2回接種、3回目追加接種の研究では、感染予防効果と比較して、重症化や死亡を予防する効果の方が強く、かつ長期にわたり維持されていた。イスラエルの研究の観察期間は短く、重症化や死亡の予防効果も、感染予防効果と同様に短期間で減衰するのかはわからない。ただ、現時点で4回目接種には過大な期待を抱かない方がいい。

もし、効果の持続が短いのなら、接種時期は流行直前がいい。幸い、コロナの流行には季節性があり、ある程度、予測ができる。コロナは世界中で春・夏・冬と流行を繰り返している。そして、冬の流行の規模がもっとも大きい。2月20日、米CNNが『新型コロナワクチンの4回目接種、秋以降に推奨の可能性も 米』という記事を配信しているように、米国政府は早い段階から冬場の大規模な流行への準備を進めている。

果たして、日本はどうだろうか。確かに、今回の4回目接種で、夏場の流行には対処できるだろう。では、冬の本格流行に対してはどうなっているのだろうか。5回目接種の準備をしているのだろうか。このあたり、厚労省は国民に説明すべきである。

4回目接種に関するもう一つの問題は若年者への接種だ。前述したように、日本は4回目接種を60歳以上の高齢者や持病を有する人に限定している。1月26日に4回目接種の対象を18才以上に拡大したイスラエルとは対照的だ。どちらが適切だろうか。

国民視点に立てば、結論は明らかだ。健康な若年者の中にも、コロナ感染を怖れ、ワクチン接種を希望する人はいる。ワクチンが確保できているのなら、彼らに接種の機会を提供すべきだ。また、高齢者や持病を有する人を本気で守りたいのであれば、彼らに4回目接種をするだけでは不十分だ。中国の上海の大規模検査の結果によれば、オミクロン株の感染者の95%は無症状だった。高齢者や持病を有する人と接触する機会が多い同居者や医療・介護従事者にもワクチンを打たなければ、彼らを介して感染させてしまう。

なぜ、我が国は4回目接種の対象を拡大しないのだろうか。知人の政府関係者は「厚労省は『エビデンスがない』という主張を繰り返している」という。そして、この人物は「厚労省の主張には全く合理性がない」と嘆く。私も同感だ。

医学的に「エビデンスがない」ことは、無効であることを意味しない。若年者に対する4回目接種については、臨床研究の結果が報告されていないだけである。その場合、これまでに報告された類似の臨床研究から、効果や安全性を類推しなければならない。これまでの研究を考慮すれば、高齢者と若年成人の間で安全性・有効性が大きく異なるとは考えづらく、高齢者には4回目接種を推奨するが、若年成人には接種の機会さえ与えないことを支持する医学的合理性はない。

幸い、我が国にワクチンは余っている。その気になれば、希望する若年者に接種機会を提供できる。4回目接種のあり方は、海外での接種状況を参考に、国民視点に立った柔軟な対応が必要だ。

上 昌広(かみ まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長。1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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