昨秋の衆院選では自民党の圧勝を許し、7月に控えた参院選に向けても存在感をアピールできずにいる左派野党。なぜ彼らは国民の支持を得ることができないのでしょうか。その原因の1つとして左派野党の「ダブルスタンダード」を挙げるのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、彼らの「9条」と「基本的人権」の扱いの違いを取り上げ、そこに論理矛盾が起きていると指摘。さらに左派野党が現状から脱却するために取るべき戦略を提示しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

参院選を前に、野党の「憲法改正」に関する公約をダメ出しする

7月の参議院議員選挙では、「憲法改正」が重要な争点となる。ロシアのウクライナ侵略を契機に、北朝鮮のミサイル開発、台湾海峡のリスクなど日本を取り巻く安全保障環境の悪化への不安感や恐怖感も高まっているからだろう。

自民党は、参院選の公約で憲法改正を「重点項目」に位置付けている。岸田文雄首相は、憲法9条の改正について「現実的な課題であり、早期実現が求められる」と述べた。自民党は参院選に勝利して、連立与党の公明党や、改憲に協力的な野党の日本維新の会、国民民主党とともに、改憲の発議に必要な衆参両院での3分の2以上の議席を確保し、24年の改憲発議、25年の国民投票実施で改憲を実現するシナリオを描いている。

衆院の憲法調査会は、開催の回数が増えた。従来は、「国民投票法」など憲法改正の「手続き」に関する議論が中心だったが、緊急事態が発生した時に、政府への権限の集中と国民の私権を制限することを認める「緊急事態条項」の是非が議論されるようになっている。

このような状況において、日本維新の会に注目が集まっている。維新の会は、昨秋の衆院選で議席を3倍以上に増やす躍進を果たした。この勢いを維持して、参院選で改選議席の倍増、次期衆院選で野党第一党の座を立憲民主党から奪うという野心的な目標を打ち出している。

維新の会は参院選で、改憲について自民党を超える踏み込んだ提案をしている。憲法9条に自衛隊を明記し、防衛費を国民総生産(GDP)比2%へ倍増することで、国民を守るための「積極防衛能力」を整備する。そして、「米国の核兵器を日本に配備し運用する『核共有』政策を含めた拡大抑止の議論を日米間で開始する」と訴えている。

維新の会は、改憲・安全保障政策に対する積極的な姿勢を示すことで、右派・保守層の支持を獲得することを狙っている。また、大阪を中心とする「地域政党」から確固たる「国家観」を持つ全国政党への脱皮を図ろうとしている。

この維新の会の姿勢を、自民党は基本的に歓迎しているようだ。維新の会がさらに議席を増やして、自民党と維新の会だけで改憲発議可能な議席を確保できるようになれば、公明党と連立を組む必要性がなくなるからだ。自民党にとって維新の会は、改憲にやや消極的な公明党を強烈に牽制するカードとなっている。維新の会側も、将来的な自民党との連立の可能性を否定していない。

一方、参院選を前に、存在感を失うばかりなのが立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組の「左派野党」である。「新しい資本主義」という名の選挙対策の「バラマキ」を連発し、内政において左傾化していく岸田政権・自民党に対して、左派野党は政策の違いをみせることができなくなっている。

左派野党が、弱者救済のためのさらなる財政出動を求めても、岸田政権は待っていましたとばかりに「野党の要望でもあるので」と、にさらにバラマキを拡大してしまう。左派野党は、自民党の「補完勢力」にすぎない存在となっている。

参院選の争点である改憲となると、左派野党の存在感はさらに薄くなる。左派野党の基本的な立場は「日本国憲法を守り、自主憲法制定の疑問には与しない」というものだ、憲法の平和主義や民主主義、基本的人権の尊重を守る。そして、立憲主義に基づいて、為政者の権力の乱用や暴走が起きないように縛ることが、憲法の役割だと考える。

私は、「護憲」の立場を守る政党が日本政治に存在しても構わないと思う。日本は安全保障体制を強化する必要があるし、そのために改憲が必要ならば検討すべきだが、無制限に強化していいとは思わない。なんらかの制約は必要であり、改憲に反対する勢力は必要だ。

そして、なによりも言論の自由、思想信条の自由は大切だ。多様な考えがぶつかり合うなかで、憲法のあり方が決まっていくのが健全な自由民主主義社会だ。

しかし、左派野党の問題は、「護憲」の立場をとっていることではない。「護憲」の立場に甘えたことによる左派野党の「怠慢」こそが、より深刻な問題ではないかと考える。

左派野党の中には、枝野幸男前立憲民主党代表など、憲法について積極的な議論をしていこうとする政治家は少なからず存在する。だが、いまだに憲法については「9条」のみならず、すべての条項について一文字も変えてはならないと頑なに主張する政治家がいて、議論を前に進めることができない。

なにより深刻なのは、憲法が規定する代表的なものである「基本的人権の尊重」についても、一文字も変えてはならないという姿勢のために、議論ができなくなっていることである。繰り返すが、左派野党は常々、「為政者の権力の乱用や暴走が起きないように縛ることが、憲法の役割」と主張してきた。この憲法の役割の中核となるのが、国民の「基本的人権」を守ることである。

基本的人権が憲法で規定されることによって、これに違反する法律などの法規範や行政行為はすべて無効となる。その結果、国家機関による人権侵害が防止されることになる。それが憲法の重要な機能である。

そして、現代は憲法制定時には想定されていなかった「環境権」「プライバシー権」「知る権利」「知的財産権」「犯罪被害者の権利」など「新しいタイプの基本的人権」が主張されるようになっている。また、基本的人権の拡大に伴う「国民の義務」をどう考えるかという論点もある。これらは、政治が責任を持って議論すべき論点であるはずだ。

ところが、左派野党は驚くべきことに「新しい人権」などを憲法に付け加える「加憲」にも消極的な態度を続けてきた。とにかく、憲法のすべての条文を一文字も変えさせない「護憲」の立場を守るために、「新しい人権」については、現行憲法の条文解釈で問題ないと主張しているのである。

つまり、人権については「解釈改憲」でいいということを言っているに等しいのだ。「9条については解釈改憲を認めない」という立場と、完全に論理矛盾を起こしてしまっている。このような「ダブルスタンダード」も、左派野党が国民から支持されない理由の1つだ。

前回も指摘したが、日本は、人種差別撤廃委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、障がい者権利委員会、移住労働者の権利委員会などの国連人権機関や国際労働機関(ILO)などから、さまざまな是正勧告を受けている。

公共の福祉による人権制限があいまいかつ恣意的な基準でなされている(人権制限のための国際人権法上のルールを明確に法制化するよう勧告されている) 刑事司法での無罪推定の徹底 死刑制度の存在 行刑施設の閉鎖性 日本軍「慰安婦」問題 外国人・在日・部落・先住民族への差別 女性差別・性的マイノリティ差別

などが、国際社会で問題視されてきた。

日本では、人権保障のための明確な政策方針が存在せず、被差別当事者の声が反映されるための制度が設定されていない。そして、「差別禁止法」がないため、差別事例に対して行政的・司法的な救済ができなくなっていると、厳しく批判されているのが現状だ。

もちろん、国連人権機関やILOからの是正勧告の背景には、日本を攻撃しようとする意図が見え見えの過激な団体の過剰なロビー活動があるのは、私も承知している。しかし、そもそも論として、日本の基本的人権保障の状況は、自由民主主義の先進国としては恥ずかしいレベルにあるといえる。せめて、欧米の自由民主主義諸国が普通に守っている程度に国民の基本的人権を保障するよう、政治は対応すべきである。

それには、関連の法律を整備するだけでは十分ではない。憲法改正で人権条項を充実させる必要があると私は考える。

野党が、憲法改正で人権条項を充実させることを訴えるならば、自民党との間に大きな対立軸を打ち立てることになる。自民党は、憲法改正について「4つの変えたいこと」を提案している。そこでは、日本国憲法の3つの原則「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は変えないとしているが、最も重視しているのは、国民の基本的人権の制限につながりかねない「緊急事態対応の強化」であるのは間違いないだろう。

自民党の「4つの変えたいこと」は、自民党が2012年4月に発表した「憲法改正草案」だからだ。ここでは、基本的人権の保障よりも、国民の義務を明らかに重視している。

例えば、憲法改正草案第12条では、国民に保障する自由及び権利は、「国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」としている。また、第99条3項では、「緊急事態の宣言が発せられた場合には、国民は、国や地方自治体等が発する国民を保護するための指示に従わなければならない」ことを規定しているのだ(「【自民党憲法改正草案】見やすい対照表で現憲法との違いが分かる!」)。

憲法改正草案の「人権よりも義務」という方向性には、「現行憲法は国民の義務規定が基本的人権の規定よりも少なすぎる」という自民党の本音ともいうべき主張が色濃く反映されている。これに対して左派野党の、憲法とは「権力を縛るもの」であり、権力者に対して「国民のこうした人権は必ず守りなさい」という指示書であるべきだ、という主張から反論が可能である。

他の自由民主主義国家においても、国民の基本的人権の保障の確立が優先されており、その上で国民に対する義務規定がある、という順番である。国際人権機関からさまざまな勧告を受けている通り、日本は基本的人権の確立が不十分であり、まず義務規定の充実よりも基本的人権の保障の確立が先に行われるべきであると、左派野党は訴えるべきなのだ。

なによりも、「新しい人権」の加憲は、野党が絶対に阻止すべき軍拡路線の「歯止め」ともなるものだ。仮に、将来自民党が徴兵制の導入などを検討しようとする時が来ても、既に加憲で人権条項を増やしてガチガチに固めてしまっていれば、人権制限の条項を入れるハードルは非常に高くなる。それは「9条改正」のハードルを上げることにもつながるはずだ。

一方、自民党の憲法改正法案にも「新しい人権」の条項はある。自民党にとって新しい人権の加憲が、「9条改正」への改憲の実績作りになると考えられているからだ。それでも野党は、加憲から逃げるべきではない。加憲が9条改正のステップとなるのか、それを防ぐものになるのかは、政治の闘いなのである。「万年野党」に甘んじることなく、再び政権を目指そうとするなら、この闘いから逃げるべきではないだろう。

私は、現在の左派野党のあり方をまったく支持しない。すでに、存在意義がないと主張してきた。しかし、仮に私が左派野党の指導者であるならば、若者層から「左派野党は保守、自民党が革新」と認識されているような、古臭い左翼思想を頑なに守ろうとするような体たらくな現状から脱却させる。それには、「攻めのリベラル」とでもいうべき積極的な戦略を取る必要がある。

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