自民党が幕引きを図ろうとすればするほど、国民の反発が高まる旧統一教会問題。しかし自民幹部クラスは、旧統一教会との関係を正すべきはあくまで所属議員個人であり、党としての責任は今までも、そしてこれからもないと主張しています。この党の姿勢に真っ向から異を唱えるのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、自民と旧統一教会は組織的な関係にあり、党は大きな道義的責任を負っているとして、そう判断せざるを得ない理由を詳細に解説。さらに党幹部らが教団幹部と完全に絶縁することでしか、その道義的責任を果たすことはできないとしています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

内閣改造と党役員人事に批判殺到。岸田首相は責任をもって「旧統一教会との関係を絶つ」と決めよ

内閣改造・自民党役員人事が行われ、第二次岸田文雄内閣が発足した。当初、岸田首相は9月に人事を行う予定だったとされるが、1か月前倒しで実行された。これは、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と自民党との関係が批判を浴びていることが背景にある。

岸田内閣には、何らかの形で旧統一教会との関係を認めた閣僚が7人いることが明らかになっていた。9月まで1か月の間に批判がさらに広がることを防ぐため、早期の人事に踏み切った。首相は、「新たに指名する閣僚や副大臣なども含めて、教団との関係を点検してもらいたい」と発言した。

しかし、内閣改造で7人の閣僚は全員退任しなかった。また、新たに入閣した閣僚と旧統一教会との関係も次々と明らかになっている。岸田首相は、旧統一教会と関係がある議員を外したのではなく、「旧統一教会との関係を見直すことを了解した人だけを閣僚に任命した」と言い訳した。だが、これは国民からわかりづらく、改造後に内閣支持率は回復しなかった。

岸田首相は、自民党と自民党と旧統一教会の間に「組織的関係はない」と強調している。自民党の政策決定に関しても、旧統一教会が不当に影響を与えたという認識はないという。また、茂木敏充党幹事長も、党所属議員が旧統一教会との関わりをそれぞれ関係を点検して、適正に見直すと強調している。

要するに、旧統一教会との関係は、個々の議員の政治活動であり、党には責任はないと主張しているのだ。私はこれに異議を唱えたい。なぜなら、自民党と旧統一教会の関係は「組織的な関係」であり、その責任は党にあるからだ。

最初に、自民党に対して、公平に指摘しておきたいことがある。政治にとっての宗教団体は、選挙の時の「集票マシーン」であり、それ以上でもそれ以下でもない。特定の宗教団体の強く主張する政策を、政治が国民全体の利益よりも優先して実現したことは、私の知る限りほとんどない。

これは、以前から私がよく言ってきたことなのだが、例えば政治と「神道」の関係だ。自民党の強力な支持団体として「日本会議」の存在が取り沙汰されることがある。日本会議と関連がある「日本会議国会議員懇談会」と「神道政治連盟国会議員懇談会」のメンバーだ。

だが、安倍晋三政権時、日本会議が主張する保守的な政策を自民党が実行することはほとんどなかった。むしろ、日本会議が忌み嫌っているはずの社会民主主義的な政策が次々と実現されている。例えば、日本会議は移民受け入れに反対だ。だが、外国人単純労働者の受け入れを決めた「改正入管法」の審議の時には、日本会議は完全に沈黙していた。

要するに、自民党議員は日本会議に対して、「日本は神の国」とか「八紘一宇」だとかリップサービスをしているだけだということだ。実は、神様なんてまったく信じていないと思う。神道とは何か、この国の国体は何かなど理解しようという気もない。票をもらうために、日本会議に調子を合わせているだけのように、私にはみえるのだ。

逆にいえば、日本会議は自民党に票だけ取られてきた。「安倍首相に裏切られた」という声も聞こえてきた。しかし、日本会議が自民党から離れることはないのだ。

そして、旧統一教会については、その関連団体「勝共連合」の「反共産主義」を安倍元首相の祖父・岸信介元首相が利用した歴史がある。だが、現在は自民党の支持団体として、集票に徹しているようにみえる。政策的には、統一教会は日本会議の主張と相似することが指摘されている。合同結婚式を主宰してまで伝統的な結婚の聖性を維持しようとすることが、伝統的な「家制度」の維持を謳う日本会議と似ている。

勝共連合は、「ジェンダーフリーや過激な性教育の廃止」「選択的夫婦別姓反対」「男女共同参画社会基本法の改廃」を政治目標に掲げている。だが、前述のように安倍政権以降の自公政権は、これらの政策をまったく採用していないのだ。

さらにいえば、「統一教会」は、その成り立ちから韓国、北朝鮮との深い関係があるとされる。だが、安倍政権期、日韓関係は「従軍慰安婦問題」「元徴用工問題」など最悪といっていい状況だった。また、北朝鮮拉致問題はまったくといっていいほど前に進まなかった。これらの事実から、統一教会と南北朝鮮のコネクションを、安倍首相が交渉の裏ルートとして使ったということもなさそうなのだ。

要するに、さまざまな宗教団体が自民党の支持団体となり、自民党のために集票している。だが、宗教団体が政策的な目標を実現しているとはいえない。また、宗教団体が政治の裏部隊で暗躍する「陰謀論」のような話もありえない。その意味で、岸田首相の「宗教が自民党の政策決定に宗教が影響を与えることはない」という主張は、嘘を言っているわけではない。それについては、公平に書き記しておこうと思う。

ただし、宗教が自民党政権の国内政策や外交政策に影響を与えてはいなくても、教団のさまざまな「陳情」に対して、自民党が利益を与えていた可能性は否定できない。例えば、すでに指摘されている、2015年に統一教会からの世界平和統一家庭連合への名称変更の申請が文化庁に受理され、認証された件である。

この認証の過程で、当時の下村博文文科相など政治家の関与があったのではないかと疑われている。一方、岸田政権の末松信介前文科相はこの対応について、形式的に要件を満たした申請を受理しただけで、拒めば「行政上の不作為」となる恐れがあったと説明し、下村氏の指示はなかったとしている。まだ真相はわからないということを公平に記しておく。

しかし、名称変更のような大きな案件でなくても、日常的に、教団からの「陳情」を受けての自民党からの細かな便宜供与が一切なかったとはいえないのではないだろうか。

次に、旧統一教会の選挙活動について考えてみたい。基本的にいえば、宗教団体が熱心に政治とかかわる理由は、自民党など政党の有力な支持団体となり、「社会的な信用」を得ることだ。政党の有力な支持団体という「お墨付き」を得れば、信者を集めやすくなる。信者を集められれば、「お布施」「寄付」など資金集めもやりやすくなるのだ。

宗教団体の経営は、見た目ほど安定していない。少子化による人口減や、宗教に対する根強い不信感があるため、信者を集め、資金を集めるのに苦労している宗教団体は少なくない。ゆえに、宗教団体は熱心に選挙活動を行ってきた。

旧統一教会についても、選挙活動の熱心さがメディアに報じられた。国会議員事務所に教会の関係者が、日常的にほぼ無償の形で手伝いをしていた。選挙の時には、信者が動員されて運動を繰り広げていたという。

要するに、日常的には、政治は宗教団体から選挙で票を集めてもらうだけ、あるいは政治献金を合法的に受けるだけとはいえる。だが、問題がないとはいえない。その関係が合法的ではあっても、政治の「道義的な責任」は逃れられないからだ。

安倍元首相を殺害した容疑者の母は、1億円以上も旧統一教会に献金して自己破産したという。宗教団体の中には、信者が借金で自己破産するほど寄付をさせる、信者を洗脳のために監禁するなどの違法行為を行っているものがあるのだ。

宗教団体を、政党の有力な支持団体として選挙活動に使い、政治家がその集会で「神を信じている」などと軽くリップサービスをする。それを信用して入信して破産する人、救済を求める家族が多数いることに対して、政治家の道義的責任は絶対にあるということだ。

さて、ここからは、岸田首相や茂木幹事長らの「旧統一教会との関係は、個々の議員の政治活動であり、党には責任はない」という主張を批判したい。道義的責任は、個々の政治家だけではない。党により大きな責任があるということだ。

青山繁晴参院議員は、自民党では「各業界団体の票だけでは足りない議員については、旧統一教会が認めてくれれば、その票を割り振る」ことをしていたと、個人ブログで明らかにしている。自民党が旧統一教会を「集票マシーン」として利用していたということだが、それは「党主導」であり、個々の議員に主体性があるわけではないということだ。

多くの自民党の議員が、初めて党公認の候補者となり選挙に出馬する前から、旧統一教会と関係があったわけではないだろう。候補者として選挙区に入る時、学校の同級生くらいしか知り合いがいない例も少なくない。その時、党や派閥の幹部、地元のベテランのスタッフから、支持団体など票を入れてくれる組織や人に挨拶をするように指示される。候補者は、わけがわからないまま、言われるままに、いろいろな組織や人に頭を下げる。こういう支持団体の1つに、旧統一教会がある。そこから、候補者と教団の付き合いが始まる。

もちろん、旧統一教会が霊感商法など「反社会的」な活動をしてきたことは候補者も知っている。しかし、知名度もない新人候補者に、支持団体との付き合いを拒否することなどなどできるものではない。初当選した後も、一度票をもらった団体との関係を切ることも、簡単にできることではない。彼らが最も恐れることは落選であるのはいうまでもない。「政治家は、選挙に落ちればタダの人」なのである。

そして、教団の関連団体のイベントに祝電を送ったり、出席して挨拶したりする。逆に教団関係者に政治資金パーティーの券を購入してもらう、等の付き合いがずっと続くことになるのだ。

例えば、旧統一教会と関係があることが発覚し、内閣改造で退任した閣僚の1人に小林鷹之経済安全保障担当相がいる。開成高校、東京大学法学部卒業。大蔵省に入省し、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。その後、退官し千葉二区から衆院選に出馬した。小林氏が自民党の公認候補となったのは、華麗な経歴が証明するように優秀な人材だからだろう。元々、旧統一教会とつながりがあったからではない。むしろ、政治家になるには「東大、ハーバード大を出た優秀な人でも、反社会的な活動をしていることが明らかな組織とつながらざるを得ない」というのが、日本政治の現実なのだということだ。

これは、小林氏のように一代で政治家になった議員だけの話でもない。世襲議員でも同じことである。例えば、父親など親族が自民党議員で、その地盤を引き継いで立候補する新人候補も、親族の代から世話になっている党・派閥の幹部や、地元のベテランスタッフに逆らって初めての選挙を戦うことなどできない。

例えば、安倍元首相や岸田首相など、地元ではなく、東京の学校を卒業した世襲議員は多い。地元とのつながりは、親族のつながりしかない場合も多いのだ。旧統一教会が、親族の代からの支持団体だったら、黙って支援を受ける以外の選択肢はないのだ。

自民党と旧統一教会の関係については、個別の議員に責任を押し付けて終結とするのは酷である。次回の選挙で、地盤の弱い若手議員などが落選することもあるだろう。それでは「トカゲのしっぽ切り」のような話になってしまうのではないか。

語弊を恐れずいえば、選挙区で祝電を送り、挨拶をした議員たちが、教団と深い付き合いがあるわけではない。本当に教団と密な関係にあるのは、全国の選挙区の動向を掌握し、教団とどの選挙区に票を割り振るか綿密な調整をし、個別の議員に指示を出している党や派閥の幹部、ベテランのスタッフたちではないのかということだ。

すでに述べたように、党・派閥の幹部クラスが旧統一教会の名称変更の際に便宜を図ったという疑いが出ている。その真偽はともかく、幹部クラスの教団との付き合いのほうが、はるかに政治への影響があるのは間違いない。

しかも、今後表向きは関係を絶った形にしても、裏でつながっていると、国民から見えない形となる。政策決定への圧力も起きやすくなり、国益にかかわる深刻な問題も起きかねないのではないか。

要するに、選挙に弱い若手議員を「トカゲのしっぽ切り」して、自民党と教団との関係を表面的に終わった形にしても、本質的な問題はなにも解決しない。繰り返すが、自民党と旧統一教会の関係は、「組織的な関係」だと断言したい。首相、幹事長、党幹部、派閥の幹部が教団幹部と完全に絶縁することでしか、自民党はこの問題に対する「道義的な責任」を果たせない。

image by: 首相官邸

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